「時空を超えて出会う魂の旅」特別編~印度支那⑯~
東南アジアのある地。
出家を経て、戒名「慧光」を私は授けられる。
”巨大寺院”に入門。
「賢彰」率いる兄弟子集団と、波乱に満ちた修行生活を送る。
廃墟寺院で浮浪少年の「空っぽ」と出会う。
それから数日ほど経ったある日。
老尊師の使いで、慧光は街を歩いていた。
巨大寺院の法衣姿の慧光を見ると、皆距離を保ち、人払いが起きる。
そして、方々から喜捨が差し入れられる。
そこに突然、知っている声が聞こえた。
「あれえ、光にいさんじゃないか。こんにちは~。」
思わず声の方に目を向けると、先日出会った「空っぽ」がそこにいた。
「やあ、空っぽ。また会えて嬉しいよ。
・・・・・・・・・!!」
慧光は、驚いた。
空っぽには、無数の擦り傷と上腕に真新しい切り傷があったからだ。
空っぽは、素直で、あたたかな心根の少年だった。
生まれつき物覚えが続かず、ひと処に落ち着いていることはできない。
人に倣ったり、様々なことに配慮することも難しいようだ。
空っぽは、彼が幼い頃、家族から棄てられた。
したがって、どこで自分が生まれたかすら知らない。
眠るときは眠り、起きる時は起きる。
それだけの日々を過ごしてきた。
この時代、この地。
さわりがある人間、労働力とならない人間、孤児、身寄りのない人間を
社会は容赦なく、淘汰しようとした。
それでもなんとか、空っぽは、死ぬことからは免れていた。
幸い、廃墟寺院の井戸は枯れていなかった。
慧光は水を汲み、空っぽの流血したままの腕を浄めた。
新たな怪我をしていても、慧光から貰った食べ物を嬉しそうに頬張りながら
空っぽは、いつまでも軽快なおしゃべりを続けていた。
その明るい様子に水を差すことになるが、慧光はたずねた。
「なあ、空っぽ。
一体全体、誰が、なぜ。きみをひどく痛めつけたんだ?」
「えっ、知らない~。」
予想通りの答えが返ってきた。
空っぽは、ごく短期の記憶しか持たない。
それも、とても幸せを感じたことだけ。
慧光は、浮浪少年である空っぽを、何とか守ってやりたくなった。
このまま路上生活をしていると、飢えにだけでなく、
人々の蔑みで命を落としてしまうかもしれない。
そもそも、空っぽのことが、そこはかとなく可愛い。
だから、安心して幸せに生きていけるようにしたい。
先日も見ていた朽ちた仏教画に、目をやる。
自分ができることは、何だろうか。
何物も所有していない、僧である自分に。
仏と目が合った。
突然、閃いた。しかし、これは良計なのだろうか。
一瞬の迷い。
しかし、空っぽを前にしたら、不思議と戸惑いなく尋ねていた。
「なあ、空っぽ。
寺院に来ないか。お世話を手伝ってほしい人がいるんだ。」
「うん、行くよ!」
「そのう、お坊さんしかいないとこだろ、寺院って。
目立たないように、きみにも、お坊さんになってもらうことになる。
頭を剃って。法衣を着てもらうことになるんだけど・・?」
「うん、いいよ~。」
「きみにお世話してもらう人、とても素晴らしい人なんだ。
でも、病気をしているんだよ。だから、外に出られない。」
「へえ、そうなんだ。」
「色々な、わけがあってね。
その人の近くにずっといて、危ないことからも守ってほしいんだ。」
「うん、わかった!!」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・♬」
次の日。
空っぽは体を浄めた後、慧光の手により、廃墟寺院の庭園で剃髪した。
続いて、廃墟寺院内で略式の得度式を行った。
剃りたてのさっぱりとした頭部と、真新しい法衣を纏った空っぽは、
終始、楽しそうだった。
夕刻になる前に、大老尊師に目通りした。
明るい空っぽに、大老尊師の心も上向いている様子だった。
「新しき方よ。お名前は?」
空っぽに代わって、慧光が答えた。
「はい、大老尊師。
この者は、本日得度したばかりで。まだ、戒名がありません。」
「そうか。それでは、我より名を授けよう。」
空っぽは、生まれて初めて、名前を得た。
「空昊」
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