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400字ショートショート「金曜夜のオレンジバウム」

週末に行くカフェがある。きっちりとベストを着込んだ男の人がやっているお店だ。
コーヒーは酸味控えめで接客はあっさり。スマートでとりつくしまがないと思っていた彼はよく見ると潤んでいるような、色っぽい目をしている。
この人は自分の魅力を知っているのだろうか。私はいつも、コーヒーを淹れるその横顔を盗み見ている。

ぽつり、ぽつり、雨粒のように次第に溜まり溢れ出す興味。そしてある日思い立った。たまには金曜の帰りに行ってみよう。

「珍しいですね」
え、と顔を上げた私に彼は笑いかける。
「だいたい土日に来られるから」
閉店間際の店内、客は私だけだった。テイクアウトですぐ帰ろうとしたら
「オレンジバウム。良かったら食べませんか?」
差し出された四分の一カットは甘い甘い香りがした。上から垂れる糖衣はシャリシャリ。
「試作品です。まだ口外しないでくださいね」
些細な秘密の共有に舞い上がってしまいそうだ。ちょっと嬉しい深夜のご褒美。