400字ショートショート「芽吹き弾く人」
まえがき
たらはかに(田原にか)さんが毎週ショートショートの投稿イベントを開催されています。日曜日にお題が発表され、土曜日が締め切りだそうです。
今回は「春ギター」というテーマで募集されています。
なお、「【共同イベント】アコギと歌と詩の祭典『春とギター』」というPJさん、にゃんくしーさん開催のイベントとのコラボだそうです。
素敵なイベントの開催ありがとうございます。ショートショートとして参加させていただきます。4/30追記:作品は以下のマガジンにまとめてあります。
芽吹き弾く人
眠れないんじゃなくて音色を聴きたいだけ。だからここに来たんだ。
ギイ、とドアを開ければ今夜も演奏中。鮮やかでいて、温かな響きに酔いしれる。なにしろ世界でたった一人しか作れない、春を生み出すギターなのだから。
「さすが楽器職人だ、弾き方っての分かってる」
誰かがそう呟いた。ギターのホールからはツルが伸び、つぼみをつけていく。
「私も……咲かせてみたいな」
店内は咲きたての花の香りで一杯。ステージから降りたその人に近付いた。
「私にも売って、春のギターを」
「いいよ。でも条件がある。前を向くこと。過去と同じようには演奏しないこと」
なんだか奥まで見透かされた気がする。冬の寒さで凝り固まった心を。
はい、と頷いた私に三日後手渡されたのはマホガニー材のギターだった。弦を弾けば旋律は立ち昇り、白い花がふわり開く。青くて苦くて甘い香り。胸の中で、何かが始まる音がする。
三連符が待ちかねたように耳元をタララと駆けていった。