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風になる(6)

残り二か月ですが、元気いっぱい行きましょう。

前回は↓から。

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 それから2,3日経って、竜宮城の駅で二人でハグをして別れた。恋人同士のハグというよりはアメリカ人が友情を誓い合うようなハグで。そういえば今日は、チサトさんから大切な話があるということだった。もうすぐ、年が明けようとしていた。
「あら、お帰り」
 純心に帰ると、チサトさんが私を待っていた。穏やかに笑う姿は、初めてここで出会った時と同じような顔だ。
「すみません、遅くなっちゃって」
「ううん、大丈夫」チサトさんはそれから少し、真剣な顔をした。「アリサちゃん、驚かないで聞いてね」
「もう何を言っても驚きませんよ」
「本当に?」
「ええ」
「お店を閉めるといっても?」
「え?」私は驚くどころか、言葉を失った。「な、何でですか?」
「驚かないって言ったじゃない」
「それは驚きますよ」
 口に手を当てて、チサトさんは笑っていた。そうよね、とうなずきながら。それから、また微笑む。
「アリサちゃんがやっと一つ何かを抜け出せた気がしたから」
「何か、ですか?」
「アリサちゃん、シャネルのバッグは?」
「燃やしました」
「ね?」すっと距離が縮まった。「抜け出せたじゃない」
 それから、よく頑張ったねと頭を撫でる。私はまた、うるっとしてしまう。
「元々ここは、私が気分で開けていた場所。だけれど、アリサちゃんがこうやって拠り所にしてくれたおかげで、しばらくお店をやることにしていたの」
「そんな、私のためなんかに」
「だって、あなたがここを求めたじゃない。だから、返してあげただけ」
 そう、笑いながら。あなたはここから羽ばたきなさい、と言われているようで。だけれど、まだまだ私にはここが必要な気がして。それを言葉にできなくて、私は思わず聞いてしまう。
「でも、そうしたらチサトさんはどうするんですか?」
「実はね、京都に行こうと思うの。呼ばれてて」
 少し上を見ながら、チサトさんはそう話した。私はふいに、シュウの姿が浮かんだ。京都って言ってもどうしようもなく広い場所だ。もしかすると会えないのかもしれない。けれど、また会うことができるかもしれない。そんなワクワクだけが私の頭の中で先行してしまっていた。
「私、ついて行っても良いですか?」
 口をついて出た言葉に、チサトは驚いてから少しだけ悪い顔をした。
「さてはシュウくん狙いね?」
「あ」ばれた、と思いばつの悪い顔をしてしまう。「それも、そうなんですけれど」
 首をかしげて、チサトさんは私に言葉を促す。
「今まで頼っていたものや縋っていたものをすべて燃やしたんです。けれど、京都に行けば何か変わるかもしれないな、って思って」
 いや、そんなに甘いものじゃないってわかっているんですけれど。と続けながら。チサトさんは言葉をすべて聞き終えると、にっこり笑った。
「大丈夫、アリサちゃんは十分変わってきているよ。あとはきっかけだけ。そこに気が付くかどうかは、アリサちゃん次第」
 私の手をさすりながら、チサトさんはにっこりと笑って話す。
「私はそれを与えてあげるしかできないけれど、それでもいい?」
 できる限り、私は大きくうなずいて「はい!」と言っていた。それはとても大きな声で。それからチサトさんは私にこう言った。
「コーヒー淹れようか」
「え」
「淹れて美味しいお菓子を食べましょ。それから、そのお話もしましょうか」
 とても重要なことを話そうとしているはずなのに、なんだか穏やかな午後のひと時の雑談をするかのようで私は逆にときめいてしまう。私は顔中いっぱいに笑顔を浮かべながら、大きくうなずいてチサトさんに返事をした。
(了)

ということで、後日まとめた物を掲載しますぜ。

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