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吉居大和「超常」

誰もがその走りに驚愕したことだろう。吉居大和くんが昨年1区で見せた攻撃的な走りは、前回大会の高速駅伝の幕開けにふさわしいものだった。二度と破られることも無いのではないか…、そこまで言われていた佐藤悠基選手の記録1時間1分6秒という記録を大きく上回るその記録。

1時間0分39秒。いよいよ1区も59分台……というところまでは中々行かないだろうが「空前絶後の区間新記録」と呼ばれた記録を塗り替えたそこにたどり着くまでに彼の道もまた決して平たんなものではなかったことを話さなければならないだろう。

予選会での好走と箱根駅伝でのしくじり

名門の仙台育英で全国制覇を成し遂げるなど鳴り物入りで入学してきた吉居くんには2012年以来遠ざかっていた中央大学のシード権獲得、そして箱根駅伝の優勝を期待されての入学となった。

実際に箱根駅伝予選会では立川駐屯地というフラットなコースを周回するという形であったとはいえハーフマラソンで20歳以下の日本人歴代2位にランクインする好走を見せ12月に行われた記録会でも5000メートルで20歳以下の日本人記録を樹立。文字通り期待のルーキーが1年目から躍動した。
そう言ってもいい活躍ぶりだった。

しかし、箱根ではそうもいかなかった。大きく出遅れることとなった97回箱根駅伝の中央大学は2区までで全体18位、3区を走った吉居くんも巻き返しを狙ったものの当日の風の強さと日差しの強さから思うように走れない。
ペースが全く上がらないまま空転して区間15位に終わってしまう。順位も上がらないまま4区にタスキを渡すこととなってしまった。

「20キロのレースに対応できる準備が出来ていなかった」と語る吉居くんは、レース後には歩けないほどにまで。悔し涙に暮れたスーパールーキーは昨年なぜあそこまでの飛躍を遂げられたのだろうか。

全く振るわなかったトラックシーズンから

その結果を引きずるようにしてアメリカ合宿に臨んだ吉居くんだったが、「うまく練習を積み重ねることができず、特に走行距離の部分で土台作りができなかった」と語りそれが結果として2年時のトラックシーズンの不調へとつながる。

1年時に日本選手権で5000メートル3位に入ったスピードは2年次には11位日本インカレでも16位と結果を残すことが出来ないままとなっていた。一方で全日本大学駅伝では1区で当時駒澤大学に在籍していた佐藤条二さんに次ぐ区間記録更新を達成とその爆発的な活躍の「兆し」は見せていた。

その後八王子ロングディスタンスでの失敗があったとはいえ翌週の日体大記録会でのフィーリングの確認も併せ、その細かな調整をしっかりと行いながら臨んだ箱根駅伝だったが……。

この爆発的活躍をどう説明すればいいのだろう?

彼が1区で区間新記録を出すことが出来た要因は、いくつか考えられるものがある。まずはこれまでの練習の積み重ね。言うまでもなく、それは吉居くんも説明をしている通りだ。
それとコンディション調整が上手く行ったこと。これも吉居くんが驚くレベルで上手くハマったことを語っている。
そうした様々な要因が絡み合ったことによって生まれるのが爆発的な成長だ。

もちろん18歳にして日本選手権で3位に入れるほどの高いポテンシャルを持っていたことは事実だが、それらがかみ合った際に見られる爆発的な成長……。

そして、今シーズンは出雲駅伝そして全日本大学駅伝では帯状疱疹の事後に苦しみながらも区間新と「絶対的エース」になっている。

「パジャマ男子の大和くん」ではなく「絶対的エース吉居大和」になった彼の存在感はどこか頼もしい。人が成長するとき、にわかには信じられないほどの大きな伸びを見せることがある。
「超常的な成長」とでも言うべきだろうか(BUNGOからパクった)。

こうした物を見ることができるから駅伝を見るのが辞められないわけだが、吉居くんの超常的な成長はまだもう一つあるような気がしてならないのだ。

それがいつになるのかはまだまだ分からないが、その一端でも箱根駅伝で見ることが出来たらいいな、と私は今思っている。

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