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先生、死なないでね③

(②の続きです)

先生が泣いている。初めて先生が泣いている姿を見た。いつも、優しかったり、おどけたり。でも、どんな時もいつも大きな器で受け止めてもらっていた。その先生が「やり直したい」と小さな声で泣いている。私の胸には強烈にその言葉が刺さって、叫んでいるように聞こえた。

「やり直したい、全部」
「そうだね」
「保健室の先生の仕事好きだった……」
「先生のところにみんな集まってきてたもんね」
「病院で仕事してたら、死ぬ人ばっかりで」
「うんうん」
「だから保健室の先生になった。あの頃に戻りたい」

先生が看護師を辞めて、保健室で働き出した理由を初めて聞いた。もうずいぶん前だが、先生は大学院で勉強し直したい、北欧の教育や福祉を見てきたいと語っていたことも思い出した。その全てが叶わぬままなことも知っている。

パーキンソン病というのは、体に症状が現れるが、思考や感情は保たれると言われている。頭の中でいっぱい考えたり、感じたりできるのに、年々体のコントロールが難しくなる。先生の向上心と好奇心で、思いはパンパンになるのに、思ったように動けない悔しさが「やり直したい」の気持ちだと感じた。しかもまるで、今の自分はダメだって言っているようにも聞こえた。だから、ちょっと反論気味に言った。

「先生、私が今日なんでここに来たかわかる?」
「……」
「あの時先生がいなかったら、私もここにいないよ。私にとってどんなに大事な存在かってこと。ありがとうね……」

ゆっくり言ったが、最後はほとんど言葉にならないくらいになって、初めて先生の手を握って泣いた。先生も私の手を撫でながら、私より大きな声でワンワン泣いていた。

心から感謝の気持ちを言えた。今の私があるのは先生がいてくれたからだとはっきり認識できた。それで、今日駆けつけた理由もわかった。先生がいなくなるのは、本当にこわい。考えただけでも、胸がもぎ取られそうな気分になる。

「また来るね、すぐ来るね」
時間が迫ってきたのでおいとました。
ご主人は「カステラいただいたで」と話しながら「島根から送られてきた柿ですが」とビニールに詰めてくれた。

東京。たまたま寄ったスカツリーでトトロのショップを見つけた。そこで先生のことを考えながら冬用の靴下をお土産にした。もちろんトトロの絵。この冬もあったかくして過ごしてほしい。



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