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自分を表現する

先日、久しぶりにバレエの舞台を見に行った。
私はバレエの世界に近づいたり、離れたりの人生。だからそんなに詳しくはない。
ただこの日は「踊ることで表現する人」に感動した。そのことを忘れず書き留めておきたい。

感動した作品は『瀕死の白鳥』。
ダンサーの彼女とは知り合いだったけれど、踊りを見るのは初めてだった。

真っ暗な舞台に一つのスポットライト、そこに映る彼女(白鳥)の影。
羽がボロボロになったと思わせてくれる、小刻みな腕の動き。
うつむき加減で、時々苦しそうにもがく。
最後の力を振り絞って移動するが、すぐにヘタレ混む。
そして、ついに力尽きてスポットライトが消える。

音楽に合わせているが、音楽が聞こえなくなる感覚だった。そして動きそのものに全てが呑み込まれそうになった。こんなに「瀕死の白鳥」を表現できるのかと思った。

彼女とは昔、英会話スクールで出会った。まだ成人を迎えて間もなかったはずだ。
ハニカミ笑顔がかわいい女子だった。バレエ留学を目指して、英会話を習っていたのか、理由は知らなかった。

その数年後、SNSでルーマニアの国立歌劇場のバレエ団に所属したことを知った。留学ではなく就職だった。時々アップされる彼女のバレエ生活が微笑しくて、充実していることがわかった。英語と現地の言葉(おそらくルーマニア語)を駆使して頑張っているのが伝わった。同じバレエダンサー達とも肩を寄せ合っている写真を載せていたので、良い仲間もたくさんいたのだろう。

舞台のパンフレットを見ると彼女のプロフィールに「2020年退団、帰国」とあった。「あ、コロナで帰国したんだ」と思った。それは完全に推測でしかないけれど、勝手に残念な気持ちになった。もしそうであるなら、コロナが理由でルーマニアのバレエ団を去ることになった場面は、とても辛かったろうなと想像した。

もちろん、私の想像を彼女は知りもしないし、ルーマニアを去った理由も違う可能性がある。勝手な解釈で言ったり、思ったりするのはトンチンカンけど、それでもなぜかそれを信じて観ている私は真剣だった。どちらにしても、彼女が国内外で駆け抜けた20代の全ての経験が「瀕死の白鳥」に凝縮されているように感じ、それは本物だったからだ。

もう一つ感じたこと、それは自分を表現する方法を持っている彼女が羨ましいということだ。決まった演目でなくても、体を自由に動かすことで、自分の感情を表現できることが素晴らしいと思う。「踊り」が自分の言葉では表現できない気持ちを代弁してくれるから。

私はかつて、自分の言葉で感情を伝えることができなくなったことがあった。その時に助けてくれたのがピアノだった。表現できない感情を曲に「全部乗せ」して何度も弾き込んだ。すると言葉で発したように、表現したようにスッと気持ちが落ち着いた。ありがたかった。

「自分なりの表現方法がある」これほど大きな強みはないと思う。無敵だ。しかもその方法は、今までの自分が歩いてきた道も反映する。経験すればそれだけ深まると思う。

白鳥の小刻みな腕の震えから、彼女の奥の世界まで一気に旅した気分だった。



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