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南東スラウェシ州の旅 初日 クンダリの温泉

今わたしはクンダリという街にいる。
8月20日(火)の早朝6:15発のフライトでジャカルタから飛んできた。

これから楽しい旅生活が始まると言いたいところだが、8月24日(土)から授業が始まるというので、23日の飛行機で戻らなければならなくなった。4日しかない。

8月19日(月)になって急にメールが来て、5日後から授業が始まるという。第4セメスターは9月9日から授業開始、と何度も確認していたのに。。。
インドネシアというのはどうしていつもこう行き当たりばったりなのか。

メールが来たときにはフライトまで24時間を切っているし、空港までのバスやホテルも確保してしまったし、今更キャンセルもできないので出発することにしたのだ。


クンダリの街

クンダリという響きは、日本語の「〇〇くんだりまで来て」に似ている。日本語のクンダリは、下るが変形して「下(くんだ)り」になったと言われている。
下るは、上方から見て江戸に行くのを下る、くだらないは「質が悪いので江戸までやってこない」というのが元の意味だ。

わざわざ遠い地方都市まで下ってきてやったのにという、どこか下に見た侮辱した響きがクンダリには含まれているようだ。

インドネシア語のクンダリの町名は、Kendaiから来ていると言われている。船を作る木や竹の道具をKendai(クンダイ)というらしい。海洋国家あるいは都市だったのだろう。

実際クンダリは、マルク諸島のテルナテに行く航路の中継地として古くから知られ、ポルトガルやオランダも来ていた。
1800年頃オランダ人が地元のトラキ族のために王宮をたててあげたという記録も残っているが、この手の歴史的な建造物や遺跡は何もない街だ。

戦時中は日本の海軍が基地と飛行場(今のクンダリ空港)を作り、ジャワ島とティモール島のクーパンを攻略する足がかりにした。ここからオーストラリアのダーウィンも空襲したらしい。ちょっと遠いんじゃないかと思ったが、まだティモール島を攻略する前なら仕方ない。

今は、きれいな海の島々をめぐる主要港、南東スラウェシ州の州都としての現代的な顔が、この町のすべてといってもいいかもしれない。

南東スラウェシ州は1964年にマカッサルのある南スラウェシ州と分離した。切り離されたと言っていいだろう。スラウェシ島のなかで最も発展が遅れた地域と言われており、ウィキペディアには「南東スラウェシ州は、州の大半が辺境である。」と書かれている。ひどい言われようだ。

発展が遅れてしまった理由は、北部を山岳地帯に囲まれアクセスが絶望的なことから、海沿いの町がそれぞれ航路で結ばれていたためだ。クンダリからブトン島の中心地バウバウまで、高速船で5時間かかる。

それでも、発展していないというのはそれだけ自然が豊かということであり、海はとてもきれいだと言われている。きれいな海の島々でシュノーケリングやダイビングができるとあって、なんとか観光産業で食べていこうとしている。

温泉に行く

ワウォレセア温泉と言う名の有名な温泉が、街の北60キロほどのところにある。
バイクで行くには遠すぎるため、グラブもゴジェックも見つからず、宿で車のチャーターをお願いした。
65万ルピア(6500円)

温泉に行く途中、車のための渡し船に乗った。人生初だ。

日本にあるか?と聞かれ、「ない、普通に橋があるからだ。」と答えると、嬉しそうにしている。
こんなのが、この川には20もあるそうだ。
橋は細い吊り橋のみ。バイクがかろうじて通れるほどの幅と強度しかない。

細い吊り橋

渡し船の通行料金は2万ルピア(200円)で、仮に1日あたり100台通るとして、1日2万円の売上だ。インドネシアでは破格の商売と言える。
運転手は、奴らは金持ちだと言っていた。
橋を作ると反対運動が起きるんじゃないか。

しばらく行くと、大きな工業団地が見えてくる。運転手によれば、中国と韓国資本で、ニッケルの精製工場、ステンレス工場がある。

中国資本のニッケル精製工場

インドネシアはニッケル生産で世界シェア半分以上あり、電気自動車のニッケル電池を育成しようとしている。
中でも、スラウェシ島はニッケル埋蔵量が豊富なため、中国資本のプロジェク卜が次々と立ち上がっている。

巨大なコンベアで土を搬入する。

通りで何かを道端で干しているのが目に入り、聞いたらチェンケ(丁字、クローブ)だった。たくさん取れるらしく、周りの木を見る限り、まだ始めて10年経ってなさそう。木が若い。

ようやく温泉に着いた
かなり広大な面積の温泉だ。
トルコのパムッカレのような炭酸カルシウムの棚田景観が広がる。

日本にはミニチュアのような棚田景観の温泉ならあるが、こんな大きなやつは見たことがない。湯量が相当にないと、ここまで大きくはならない。
雨が降るとさらに湯量が増すそうだ。

わたしはまずは湧きたての場所を狙って入るも、熱すぎて10秒つかっていられない
味はかなりしょっぱい
強塩泉なのは間違いない。

50度近くありそう

うーん残念。
強塩泉の正式名称はナトリウムー塩化物強塩泉といい、1kgあたり14g(14,000mg)以上の塩化ナトリウム(食塩)を含んでいる。
これがどれほどの濃さかというと、1g(1,000mg)以上で塩類泉になるので14倍、バスクリンは約250mgだから56倍濃い。

ウロウロ探していると、ついに入れそうな温度の場所を見つけた。
湧きたての湯を溜める大きな浴槽があり、そこからあふれたお湯が溜まっている場所だ。
湧きたての方は熱すぎて無理だった。

写真の手前の方に入れる。橋の左もいけるが浅め

桟橋が海に向かってのびているので行ってみた。
大学生らしい若いカップルがいて話しながら進むと、マングローブの林があった。
沖縄みたいだ。

夕食はシーフード

まだ18時前だったがお腹がすいてきたので、評価の高いシーフードの店に行ってみた。
エビとモヤシ炒めとライスを注文する。

写真をとる前に一匹食べてしまった

エビは10万ルピア(1000円)する。飲みもの入れて全部で1700円くらいだった。絶品
大満足の夕食。

この店のオーナーは住友さんらしい。
日本人か?と聞いたら、中国人とのこと

住友金属鉱山が50年以上前から進出しているので、住友の名は通っているのだろう。
憧れの名前だったから付けたのだろうか。

パジェロスポーツという名前を子どもに付けて騒ぎになった記事を思い出した。

次の行き先は島にしようと思っている。
ムナ島のラハという場所だ。






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