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免許更新を旅行エッセイとして書いてみる

「日帰りで鮫洲に行ってきた」

5月某日、品川駅。
雲ひとつ無い快晴。久しぶりの休みを祝福してくれているかのようだ。Airpodsからはくるりの「ワンダーフォーゲル」。この旅のファンファーレだ。

改札をくぐる。改札内のNewDayに入って、酪農カフェオレとハムエッグのフレンチトーストを買う。

11時46分品川駅発の京急本線浦賀行き

非日常への片道列車だ。車内の混み具合はまばらで、シートの一番端に座る。ストローを紙パックに挿す。流れる景色を見ながら、遅めの朝食を楽しむ。東京が遠ざかっていく。

電車が鮫洲に着いた頃には、もう時計は12時を回ろうとしていた。
ホームに降り、深く息を吸う。いつもと違う景色、いつもと違う匂い、いつもと違う空気。非日常を体全体に浴びられる、私はこの瞬間がたまらなく好きだ。

改札は自動改札だった。今はカード一枚持っていれば、日本中どこへだって行ける。少し寂しい気もするが、それが時のうつろいというものだ。冷たいICカードを改札にかざす。残高は「777円」。うん、いい旅になりそうだ。

早速、駅の地図で目的地へのルートを確認する。タクシーを捕まえるより、歩いた方が早いだろう。

初めて降りる駅のはずなのに、どこか懐かしい感覚を覚えた。都会の高層ビル群に疲れてもいるのだろうか。「100yen」の自販機の黄色ですら眩しい。AirPodsから流れるのは、Redboneの「Come And Get Your Love」。

映画「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」で、主人公のクイルが初めて降り立った惑星でウォークマンから流している曲だ。クリス・プラット気分で、街を歩く。もちろん踊りはしなかったけれど。

10分ほど歩いただろうか。息を切らしながら、大通りに出ると目的地らしき建物を見つけた。

初めて目の当たりにする巨大な建造物。名前は聞いていたけど、実物を見るのはじめてだ。その存在感に圧倒され、しばらくその場から動けなかった。

正面玄関に向かうと、施設の紋章が出迎えてくれた。その神々しい金色が歴史を感じさせる。

国指定の重要文化財だからだろうか、館内は撮影禁止らしい。一礼して門をくぐる。消毒液で手を清め、館内を歩いてみる。「ご自由にお取りください」と書かれたチラシを記念にもらう。こういった読み物も旅の醍醐味だ。

あらかじめ家に届いていたチケットハガキを見せ、お金を払う。視力を測って、手続きをする。そして記念撮影。2時間にわたるありがたい説法を聞いた頃には、15時前だった。出口の近くで、刷り上がった写真を配っていた。

写真をもらったのはいつぶりだろうか。中学の修学旅行で行ったジュラシックパーク以来かもしれない。

気がつくと激しい空腹に襲われいた。そういえば、品川駅で買ったフレンチトースト以降、何も食べていない。匂いに誘われ、吸い込まれるように食堂に入る。厨房では2〜3人のおばちゃんたちがエプロンを着て作業をしている。食券を眺め、吟味する。

鮫洲は海の近く、海鮮系が無難か。いや、ここはがっつりカレーやラーメンの王道もありだ。まてよ、新興勢力のつけ麺にも手を出すべきか。散々悩んだ挙句、トンカツ定食の食券を押す。決め手は、ショーケースの中の写真のなかで踊っていた「肉厚ジューシー サクサクおいしい!」の文字だ。

半券をおばちゃんに渡す。

「おかけになってお待ちください」

故郷訛りの優しい声が食堂中に響く。自分の地元の言葉ではないのに、なぜか落ち着く。2掛けのテーブル席に座り、周囲を見回してみる。斜め向かいでは、厚底ブーツを履いた若い女性がラーメンをすすっている。ふた席横では40〜50代の体格のいい男性が大盛りのカツカレーを頬張っていた。皆、旅の途中なのだろうか。旅は一期一会、どこの誰にとっても「居場所」になる。そんな魅力がこの食堂にはあった。

「144番、トンカツ定食のお客様〜」

綺麗に整列したトンカツにソースを垂らす。ご飯を片手に一口かじる。肉汁の旨みが口いっぱいに広がる。白米を口に運びよく噛んだあと、味噌汁で流し込む。

「うまい……」

思わず声に出てしまった。厚底ブーツの女性が一瞬こちらを見る。私は頬を赤らめて水を流し込む。

旅の定番。食後のソフトクリーム。おばちゃんの熟練の技が、うずまき状に凝縮されている。こういう場所で食べるソフトクリームに勝る食べ物はない。この甘さが全ての疲れを癒してくれる。コーンの先を食べ終えたところで、声が聴こえる。

「153番、ソフトクリームでお待ちのお客様〜」

厚底ブーツの彼女がソフトクリームを受け取る。私に会釈したように見えたが、気のせいだろう。

売店でお土産を選ぶ。お菓子、マグカップ、ぬいぐるみ、灰皿、あらゆる商品が並んでいる。悩んだ挙句に買ったのは、マスコットキャラクターのステッカーとミニカー。家にあっても仕方ないかもしれない。しかし見るたびを思い出せる。なら買って損はないだろう。

帰り際。もう一度、立ち止まって建物を眺める。「いってらっしゃい」と、建物が手を振っているように見えた。次にここに来るとき、自分はどうなっているんだろう。想像しながら歩き出す。Airpodsから流れる曲は、くるりの「ハイウェイ」に変わっていた。

僕が旅に出る理由は……

自分が旅に出た理由を思い出す。人生まだ途中。まずはペーパードライバーを卒業しないと。



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