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「古畑任三郎vs霜降り明星」の脚本を全部書く

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古畑「えー、明星という言葉を辞書で調べてみましょう……『1、明るく輝く星。2、その分野で最もすぐれ、人気がある人』……我々の世界で『ホシ』は、犯人を意味します。星は、落ちるもので……」


 もし『古畑任三郎』の犯人役を霜降り明星がやったら、オープニングトークはこんな感じだと思う。

 『古畑任三郎』シリーズが好きです。どれだけ好きかというと、朝日新聞に連載された小説版・古畑任三郎「一瞬の過ち」(全4話)の推理メールを朝日新聞に送ったところ、「正解一番乗り」としてWEB版の記事で紹介され、そのことを面接で話して、古畑を作ってた某制作会社のドラマ部に採用されたくらいには好きです。

参考ページ(朝日新聞デジタル・古畑復活、読者の推理に驚いた作者「あとは田村さんが」)→https://www.asahi.com/articles/ASN50358NN5ZUPQJ002.html

 たまに「今、古畑が作られたら……」という想像をします。これまでにも、明石家さんま、中森明菜、笑福亭鶴瓶、福山雅治、SMAPなどなど、そうそうたる面々が犯人となり、警部補・古畑任三郎と熱いバトルを繰り広げてきました。「令和のこの時代に古畑任三郎が作られたら誰が犯人をやるだろう」という気持ちと、「田村正和さん以外の古畑は考えられないから新作は作られないでほしい」という気持ちが、常に自分の中で戦っているのです。

 そうだ、noteに書こう。そう思いました。

 「架空の古畑任三郎のプロットを書く」みたいなタイトルで。

 そこで最初に思いついたので「vs霜降り明星」の回。トリックやら、古畑あるあるやら、それっぽいオープニングトークやらを考えてるうちに、最後のシーンの脚本を書いていました。じゃあどうせならと、頭から書き始め、気づけば1話分まるまる書いていました。せっかくなので、事件発生から解決まで、すべて公開しようと思います。


 タイトルは、「殺人漫才師」

 霜降り明星のお二人は本人役です。

 少々長いんですけど、最後まで読んでいただければ嬉しいです。

 (シナリオ形式の原稿をコピーしてnoteにペーストしているので、少しだけ読みづらくなってます。「読みにくいよぉ」って方は、シナリオ形式に整えたPDFを一番下に貼ってるので、ダウンロードしてみてください)

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スライド4

「殺人漫才師」


〈登場人物〉
古畑任三郎 ……刑事。
粗品 (29) ……霜降り明星。ツッコミ。
せいや(29) ……霜降り明星。ボケ。
岬龍也(37) ……フリーの記者。
今泉慎太郎 ……古畑の部下。


○オープニングトーク
  辞書を持っている古畑任三郎。
古畑「えー、明星という言葉を辞書で調べて
 みましょう……『1、明るく輝く星。2、
 その分野で最もすぐれ、人気がある人』…
 …我々の世界で『ホシ』は、犯人を意味し
 ます。星は、落ちるもので……」

○タイトル

○フジテレビ・外観(夜)

○フジテレビ・スタジオ
  「爆笑グランドパレード」の生放送中。
  漫才をしている霜降り明星。
  粗品(29)とせいや(29)、漫才の  
  衣装を着ている。
粗品「この曲何が可愛いってね、動物の鳴き
 声で合いの手入れてくっていう」
せいや「そやそや。やってみよ」
粗品「(咳払い)えー、♪こぶた」
せいや「(リアルなブタの鳴き声)」
粗品「おー……♪たぬき」
せいや「(リアルなたぬきの鳴き声)」
粗品「ほう……♪きつね」
せいや「(リアルなきつねの鳴き声)」
粗品「♪ねーこ」
せいや「(リアルな猫の威嚇声)」
粗品「リアルやなぁ!」
  ドッと沸く観覧客。

○フジテレビ・廊下
  慌ただしく駆け回るスタッフたち。
  廊下を小走りで進む霜降り明星。
  二人とも私服に着替えている。
  走りながら、慌ててマスクやサングラス、
  帽子をつける。  
  せいや、スマホに出て。
せいや「……はい。今から向かいます」

○フジテレビ・ロータリー
  変装でもはや誰かわからない状態の粗品
  とせいや。
  タクシーに乗り込む。

○首都高を走るタクシー

○音楽スタジオ・中
  郊外の音楽スタジオ。
  パソコンで作業をする岬龍也(37)。
  画面には、せいやと美女が楽しげに歩く
  写真。
  岬の背中に近づく粗品。
粗品「写真、前回のんで全部やったって聞い
 てますけど」
  岬、振り返って。
岬「あれ? 珍しい。相方さんじゃない」
粗品「質問に答えてください。全て買い取り
 ましたよね?」
岬「ごめんって。まだデータが残っててさぁ」
粗品「いつまで続ける気ですか?」
  岬、ソファから立ち上がる。
  粗品の肩に手を置いて。
岬「……まぁ、今回だけ。ね?」
  粗品、封筒を岬に渡す。
  岬、中の札束を確認して。
岬「どうも。あんたが相方思いで助かったよ」
  岬、電子ピアノの前に立つ。
  鍵盤に触れ、片手で弾き始める。
  粗品作曲の「ビーム撃てたらいいのに」
  のサビのメロディだ。

○音楽スタジオ・ロビー
  無人の受付。
  粗品を待つせいや。思いつめた表情。
  テレビでは、ほんわかした動物番組が流
  れている。

○音楽スタジオ・中
  曲を弾き終える岬。
岬「……実は、君にゴーストライター疑惑が
 持ち上がっててさぁ」
粗品「はぁ?」
岬「今の、弾いてよ。あんたの曲だろ」
  粗品、無言でピアノの前に立つ。
  ノーミスで同じメロディを弾き終える。
  ピアノから立ち上がる粗品。
岬「(拍手しながら)噂は嘘だったか……コ
 ンビ揃っての不祥事じゃ、あんまりだよね」
粗品「不祥事て。相方からは、お互い同意の
 上ので関係やったって聞いてますけど」
  ピアノの席につく岬。
岬「不適切は不適切だよ。相手が相手だから
 ……来月も頼むよ」
  粗品、上着のポケットに手を入れる。
  ゆっくりとハンマーを取り出す。
岬「お互い商売でしょ。あなた方は好感度、
 我々は情報を持っててなんぼだ」
  粗品、ハンマーを岬の頭に振り下ろす。
  床に崩れ落ちる岬。
  岬の頭部に血溜まりが広がる。
  スタジオ内に駆けつけるせいや。
せいや「……やったん?」
粗品「おう……下手に動くなよ。俺が全部や
 るから」
  × × ×
  粗品、死体を起こして、スピーカーの下
  に置く。
  床の血をスピーカーの角につける。
  岬の腕時計を「23時」に合わせる粗品。
  時計を床に叩きつけて壊す。
  × × ×
  鍵盤の指紋を拭き取る粗品。
せいや「……すまん。俺のために」
粗品「コンビのためや。黙って見といてよ」
  × × ×
  パソコンの写真のデータを削除する粗品。
  スタジオの時計を見るせいや。
  まもなく22時。

○YouTube画面  
  霜降り明星の生配信。
  吉本本社から放送されている。
  「200万人突破緊急生配信」の文字。
  チャットの質問に答える霜降り明星。

○車内
  流れる景色を見ている古畑任三郎。
  部下の今泉慎太郎は、スマホで霜降り明
  星の生配信を見ている。
古畑「君、君……今泉!」
  と、今泉のデコを叩く古畑。
今泉「……はい?」
古畑「うるさいよぉ。うちに帰って見ないさ
 いよ」
今泉「バカだなぁ古畑さんは」
古畑「ば、ばかぁ?」
今泉「生配信、あとで見てどうするんです
 か!? チャットに参加したいのに」
古畑「生配信? 誰の?」
今泉「霜降り明星ですよ!」
古畑「彼らは、人気なの?」
今泉「疎いなー古畑さんは。もう人気過ぎて
 ねぇ、全然コメント読まれないんですよぉ」
古畑「君が大したこと書き込まないからだよ
 ……なんて名前?」
  今泉、チャット欄を見せて。
今泉「味噌カツ丼太郎!」
  古畑、今泉のデコを叩いて。
古畑「ばか。彼らの名前」
今泉「粗品さんと、せいやさんですよ」
古畑「へぇ……なに味噌カツ丼太郎って」
今泉「僕のペンネームですよ」
古畑「やめた方がいいよ。そんな、彼らのチ
 ャンネルに泥を塗るようなもんじゃないか」
今泉「味噌ですよぉ! おかしなこと言うな」

○吉本本社
  部屋で一息つく霜降り明星。
  粗品、せいやに岬のスマホを渡す。
粗品「830722」
  せいや、パスコードを入力する。
  履歴の上にある番号に電話をかける。  
  せいや、岬のモノマネをして。
せいや「あー俺俺。さっきはありがとな……
 ん? そんなことないよ。近々、お前に頼
 みたいことがあるから。詳しくはまた電話
 する……」
  せいや、電話を切る。

○音楽スタジオ・外
  大量に止まっているパトカーに、野次馬
  や警備員。
  慌ただしく動く警察職員たち。

○音楽スタジオ・中  
  岬の遺体を観察する古畑。
今泉「フラついた拍子に、後頭部をスピーカ
 ーの角にぶつけたみたいですね。こう、ガ
 ーンって」
古畑「ふーん」
  古畑、不自然な場所に置かれたマットを
  めくる。
  拭き取られた血の痕を見つける。
  パソコンを開いた鑑識が近づいてきて。
鑑識「メールの履歴を確認したところ、石川
 という人物とのやりとりが……」
古畑「石川……?」
  古畑、履歴を見つめて。
古畑「今泉くーん」

○ニッポン放送・外観

○ニッポン放送・デスク〜会議室
  ラジオ番組のポスターが貼られたデスク。
  テーブルには山積みの書類やCD。
今泉「凄いなぁー、本当に有楽町にあるんで
 すねー」
古畑「君、変なとこ触って放送止めないでね」
今泉「僕ねぇ、大江千里のオールナイトニッ
 ポンで一度だけ読まれたことがあるんです」
古畑「あそう」
今泉「あるのかなー。その時の音源とか」
  会議室を通り過ぎる古畑。
  立ち止まり、引き返す。
  粗品とせいやが、メールを選んでいる。
古畑「あれ?」
  古畑の存在に気づく粗品とせいや。
古畑「あのー人違いでしたら申し訳ないんで
 すが、もしかして……漫才師の?」
粗品「誰ですか?」
せいや「古畑さん!!!」
古畑「どこかでお会いしましたっけ?」
せいや「いえ。でも古畑任三郎は、いつも活
 躍見させてもらってます」
古畑「ふふふ、なんのことでしょう……」
せいや「GOLDっすか」
粗品「するかー。『古畑任三郎のオールナイ
 トニッポンGOLD』? 誰が聴くねん」
せいや「今のニッポン放送やりそうやけどな」
古畑「掛け合いに水を差すようで悪いんです
 けど。あのー、拝見させていただきました。
 先ほどのー、なんでしたっけ?」
せいや「爆笑グランドパレード」
古畑「あーそれです。彼が録画してたんで見
 せてもらいました」
  ペコペコと嬉しそうに会釈する今泉。
せいや「今泉さん!!(古畑に)え、漫才見
 てくださったんですか?」
古畑「いやー新鮮でしたぁ。私の漫才の歴史
 はツービートで止まってまして」
せいや「エンタツアチャコとか?」
古畑「子供の頃見てました。夢路いとし・喜
 味こいし」
粗品「誰やねんさっきから」
古畑「しかしー、最近の漫才っていうのはあ
 れなんですか、あんなにも、こう、アクロ
 バティックに動くものなんですか?」
粗品「まぁ、僕らはわりかしそうっすね」
古畑「せいやさんって言いましたっけ?」
せいや「はい」
古畑「モノマネがお上手でいらっしゃる。え
 ーっと……♪こぶた!」
せいや「(戸惑いながら、リアルな鳴き声を
 披露する)」
  ふふふと笑う古畑。
今泉「僕もねぇ、豚の鳴き声は上手いんです
 よぉ。ほら」
  と、モノマネを披露する今泉。
  粗品、盛り上がる三人に。
粗品「そろそろいいですか? メール選ばん
 とあかんくて」
古畑「あぁ、すみません、別にラジオ局を見
 学に来たわけじゃないんです」
せいや「何か、あったんすか?」
古畑「岬龍也さん……ご存知ですよね」
  顔が曇る霜降り明星。
古畑「先ほど、お亡くなりになりました」
粗品・せいや「!」
古畑「郊外の音楽スタジオで遺体が発見され
 ました」
せいや「ご病気か何かですか?」
古畑「どうしてそう思われるんですか?」
せいや「いや、くも膜下とか心臓発作とか、
 あるじゃないですか、急に逝ってまうみた
 いな」
古畑「いえ、転倒した拍子に、スピーカーの
 角に頭をぶつけられたようです」
粗品「事故ですか……」
古畑「私は……殺人事件だと睨んでいます」
  会議室に緊張が走る。
古畑「何か、心当たりありませんかね? 彼
 に殺意を抱いている人物とか」
粗品「まぁ、恨まれてもおかしくない人やっ
 たからなぁ」
古畑「あぁ、やはりそうでしたか?」
粗品「色々噂聞いてたんでね」
古畑「フリーの記者さんらしいですねぇ。過
 去には恐喝の罪での逮捕歴もありました。
 写真を当人に見せ、金を脅し取っていたと
 か……ご存知でしたか?」
  せいやの額に汗が流れる。
せいや「ええ」
粗品「いやーでもラッキかもなー」
せいや「おい」
粗品「誰かが殺ってくれたんわ。正直、そう
 思うてます」
古畑「(せいやに)あなたも?」
せいや「正直、そうっすね」
古畑「……これはあのー形式的なもので、お
 気を悪くしないで答えていただきたいんで
 すが、事件発生時どこで何をされてました
 か?」
粗品「失礼やなぁ」
古畑「あのー、聞く決まりになってるので」
せいや「すんません、古畑さん」
古畑「はい」
せいや「その時間は本社にいましたわ。ルミ
 ネの出番終わって、すぐに生配信してまし
 たから」
古畑「それを証言してくれる方はいらっしゃ
 いますか?」
粗品「5万人」
古畑「はい?」
粗品「視聴者数。配信をリアルタイムで見て
 た人の数です。古畑さん、あなた5万人の
 目を疑うんですか?」
古畑「いいえ……しかしですね、この仕事私
 も長いんですけど、経験上5万人の目を欺
 くことは可能です」
粗品「はぁ?」
古畑「しかし、今回は私の邪推だったみたい
 です。失礼しました」
  古畑、会議室を去る。
  名残惜しそうについていく今泉。

○ニッポン放送・スタジオ
  「霜降り明星オールナイトニッポン」の
  本番中。
  軽快にトークをする粗品とせいや。
  ブースのガラスにへばりついている今泉。
  手を振ったりジャンプしたり。
  古畑、サブのソファに座っている。
  二人を見ながら、考え事をしている。

○湾岸スタジオ・外観(日替わり・朝)

○湾岸スタジオ・玄関〜タレントクローク
  タクシーが止まる。
  私服の粗品が降りてくる。
  入り口で待ち構えている古畑。
古畑「おはようございます」
粗品「(呟くように)古畑ぁー……おざまー
 す」
古畑「驚きました。随分早いんですね」
粗品「ええ」
古畑「せいやさんは一緒じゃないんですか?」
粗品「四六時中一緒に行動してるわけちゃい 
 ますよ」
古畑「それにしても収録の朝っていうのは、
 こんなにも早いものなんですね」
粗品「寝てへんねん! あんま話しかけんと
 いてくれますか?」
  入場ゲートを通過する粗品と古畑。
  粗品は顔パス。古畑は警察手帳を見せる。
古畑「ご多忙なようで。あんなに遅くまでラ
 ジオされて、バラエティの収録ですか?」
粗品「コントです。ほら」
  エントランスに貼られた「新しいカギ」
  のポスター。
古畑「へぇ、コント……私も好きでしたてん
 ぷくトリオとか」
粗品「誰やねん」
古畑「コント55号は一度観に行ったことが
 あるんですよ」
粗品「あの古畑さん、台本覚えなあかんので
 ……もう、ええですか?」
古畑「そうおっしゃらず」
粗品「おっしゃるてー」
古畑「しかしあれですね、漫才にラジオにコ
 ントに、随分とマルチでいらっしゃって…
 …音楽もやられてるとか」
粗品「ええ。今関係あります?」
古畑「殺害現場がですね、音楽スタジオだっ
 たもんで」
粗品「らしいですね」
古畑「ピアノの鍵盤のですね、指紋が拭き取
 られてたんです」
粗品「慎重な犯人や」
古畑「そこが、どうも引っかかって」
粗品「証拠隠滅かなんかでしょう」
古畑「そうなんです。しかし妙なことにです
 ね、全部が全部拭き取られてたわけじゃな
 いんです」
粗品「はい?」
古畑「犯人はですね、使った鍵盤だけを拭き
 取ってるんです」
粗品「不可解やなぁ」
古畑「そう思います?」
粗品「はい」
古畑「どうしてそんなことができるのか……
 犯人は恐らく、絶対音感の持ち主、もしく
 はその作曲者、はたまた……」
粗品「絶対音感の作曲者……」
古畑「ご名答……心当たりありますか?」
粗品「五万といるでしょ」
古畑「ちなみにあなたは……」
粗品「当てはまります」
古畑「そうですか……ごめんなさい引き止め
 ちゃって。こちらー」
  「粗品様」と書かれた楽屋貼りを見る古畑。
  粗品、楽屋に入り、ドアを閉める。
  思い詰めた表情で地団駄を踏む。
粗品「(奇声)はぁー」

○湾岸スタジオ・食堂
  食堂の厨房にクレームを言う古畑。
古畑「あの、すみません。ミートスパゲティ
 を頼んだものなんですけど。ここのパスタ
 はいつもこんなにブヨブヨなんですか? 
 うどんと間違えてるんじゃないかと思って
 ……通常運転って。そんなバカな話ないで
 しょ」
今泉「古畑さーん」
古畑「見つかった? 被害者のスマホ」
今泉「まだです。しかし、知り合いを当たっ
 て、岬が最後に電話した相手がわかりまし
 た。岬の数少ない友人のようです」
古畑「時間は?」
今泉「22時。少なくとも、その時間までは
 岬は生きていたということになりますね」
古畑「彼らは生配信中か」
今泉「古畑さんも見てましたよね?」
古畑「事務所から現場までは」
今泉「車で40分。やっぱり彼らが人を殺す
 わけないですよぉ」
古畑「今泉くん。そのー、電話のお相手に話
 聞ける?」

○湾岸スタジオ・玄関(夕)
  私服のせいやが荷物を持って出てくる。
  タクシーの後部座席に乗り込む。
せいや「新宿のルミネまで」
  タクシーに乗り、せいやの隣に座る古畑。
古畑「ご一緒してよろしいですか? (運転
 手に)あ、出してください」
せいや「古畑さん……!」

○レインボーブリッジを走るタクシー

○タクシー・車内
  首都高を走るタクシー。
古畑「粗品さんは?」
せいや「もう1本別のコントがあるみたいで
 す」
古畑「そうですか。今からお帰りで」
せいや「劇場です。漫才の出番があるんで」
古畑「本当に売れっ子なんですねー。大丈夫
 ですか? ちゃんと眠れてます?」
せいや「お察ししてください」
古畑「ふふふ、よく観察されてる。普段から、
 こう、目を光らせてらっしゃるんですか…
 …人のクセとか、なんて言うんでしょう」
せいや「あるある?」
古畑「はい」
せいや「まぁ、テレビとかコマーシャルから
 ボケ思いつくことは多いですけど」
古畑「大変ですね。気が休まらなくて」
せいや「あの、粗品から聞いたんですけど…
 …え、俺ら疑われてます?」
古畑「はい。バレてましたか」
せいや「ドッキリは掛けられ慣れてるんで」
古畑「あいにくドッキリではないんですが…
 …事件当夜、被害者は22時に電話をして
 ました」
せいや「そうなんですか」
古畑「先ほど、その電話相手にお話を聞きま 
 して。どうも様子が不自然だったようなん
 です」
せいや「不自然?」
古畑「彼は被害者の古い友人だったようで。
 なんでも同じ中学校だったようで……被害
 者の出身はご存知ですか?」
せいや「東京、ちゃうんですか?」
古畑「鹿児島でした。ですから地元のご友人
 と話すときは、薩摩の言葉になるそうなん
 です……心当たり?」
せいや「いいえ」
古畑「大阪出身ですもね」
せいや「はい」
古畑「じゃが、もす、さ……不思議なもので、
 同郷の人間と喋ると、普段は出てこない故
 郷の言葉が、自然と出てくるようでして。
 しかしですね、事件当夜の電話では、標準
 語だったようなんです」
せいや「標準語?」
古畑「ええ。つまりですね、第三者が被害者
 になりすまして電話をしていた可能性があ
 ります」
せいや「無理やろ。バレるでしょー」
古畑「せいやさん、あなたモノマネがお得意
 なようで」
せいや「え?」
古畑「動物の声帯模写だけかと思ってました」
せいや「江戸屋猫八ちゃいますよ」
古畑「懐かしい。4代目ですか?」
せいや「いいですよ捨て猫拾わんでも」
古畑「上手いことおっしゃる。話戻しますね。
 鋭い観察眼をお持ちの方です。あなた人間
 のモノマネも大変お上手だそうですね。動
 画で拝見しました。えー、武田鉄矢さん、
 桑田佳祐さん、それから……」
  せいや、古畑のモノマネを始める。
  おでこに手を当てて。
せいや「えー、古畑任三郎です」
古畑「光栄です……(運転手に)似てました
 か?」
運転手「あ、はい」
古畑「おめでとうございます。似てるそうで
 す……なんだか、恥ずかしいですね」
せいや「お察ししますぅ」
古畑「ダブル古畑だぁ……えー、つまりです
 ね、その技術があれば、被害者になりすま
 して電話を掛けられるんじゃないかと」
せいや「(古畑のまま)それはー、不可能で
 すー」
古畑「と言いますと?」
せいや「5万人が私の配信を見てましたから」
古畑「結局そこなんですよぉ」
せいや「私たちには無理ですぅ」
古畑「逆に考えればですね、そこさえ崩れれ
 ば、全ては解決します」
せいや「ご健闘をお祈りしてますぅ……(素
 に戻って)運転手さん、ここで」
古畑「え、降りちゃうんですか?」
せいや「はい、ちょっと腹減ったんで」
古畑「随分大食漢でいらっしゃるんですね。
 お弁当2つも召し上がられてるのに」
せいや「え?」
  古畑、せいやの手首を指さす。
  輪ゴムが2本ついている。
古畑「輪ゴム、2本もつけてらっしゃいます。
 撮影中はつけてないでしょうから、収録後
 に食べられたものです。元サッカー部だか
 らって、ミサンガ代わりとは考えにくいで
 すし」
  せいや、手首を隠す。
せいや「失礼します」
  せいや、タクシーチケットを運転手に渡
  して、足早に歩き出す。

○ルミネtheよしもと・楽屋
  漫才衣装に着替えた霜降り明星。
粗品「大丈夫。ただの刑事や」
せいや「ただの刑事じゃないて。異常刑事や
 て」
粗品「なんやねん異常刑事て。お前が弱気に
 なんなよ」
せいや「わかってるけど……」
粗品「俺らにはアリバイがある。心配するこ
 とない」
  楽屋に入ってくる。
古畑「……失礼しまーす」
せいや「また」
粗品「困りますよ。他の芸人の迷惑にもなり
 ますから」
古畑「いやーこういった場所興味あったんで
 す。こう見えてもですね、昔はよく寄席に
 通っていたもので」
粗品「寄席ちゃいますて」
古畑「すみません素人なもので。アマチュア
 から一つ質問いいですか?」
せいや「だから犯人ちゃいますよ」
古畑「いえいえ、お笑いに関してですね二、
 三気になって……漫才とコントってのは、
 あのー、違うものなんですかねぇ」
粗品「は?」
古畑「気になったんですよぉ。コント衣装着
 てた1時間後には、スーツで漫才をされて
 いるお二人を見て……例えばですよ、スー
 ツを着てマイクに向かってハンバーガー屋
 のコントをしたら、これはどちらですかね?」
粗品「漫才、ですかね」
古畑「では、逆に店員さんの格好をして、ハ
 ンバーガーに関する、しゃべくり漫才をし
 たら」
せいや「……はー、コントっすね」
古畑「ハンバーガー屋さんにマイクを置いて、
 店員さんの格好で漫才をしたら」
粗品「それはー……」
古畑「つまり違いはズバリ、マイクとスーツ
 の有無ですか?」
粗品「そうとは限らないすけど」
古畑「んーそう簡単に理解できるものではな
 さそうです」
せいや「まぁ、根本は一緒ですから」
古畑「一緒?」
せいや「ウケてなんぼですから」
粗品「やかましいなぁ」
せいや「言葉の言い回し、細かな動作、間と
 かを微調整しながら、『一番ウケる状態』
 を目指して、日々ブラッシュアップしてい
 く。そういう点では一緒かもわからないっ
 すね」
粗品「誰が言うてんねん」
  古畑、自分の胸に指を当てて。
古畑「……腑に落ちました。では」
  古畑、楽屋を出ようとして。
古畑「そうだ……漫才の最後の部分、なんて
 言うんでしたっけ。落語で言うところの
 『下げ』のような……」
粗品「オチ、ですか?」
古畑「そう、オチです。漫才師が漫才にオチ
 をつけないといけないようにですね、私も
 刑事として事件にオチをつけなくちゃなら
 ないんです」
粗品「はぁ」
古畑「ホシ(星)を、落としてみせます」
  楽屋を去っていく古畑。
  古畑の背中を見つめる霜降り明星。

○ルミネtheよしもと・劇場
  ステージ中央にサンパチマイク。
  ステージに飛び出してくる霜降り明星。
粗品・せいや「どーもー霜降り明星ですー」 

○ルミネtheよしもと・ロビー
  ロビーのテレビでは、ステージ上の映像
  が流れている。
  漫才「童謡」を披露する霜降り明星。
  ソファで新聞を読む古畑。
  畳もうとして、番組表が目に入る。
  古畑、テレビ欄をじっと見つめる。
古畑「……!」
  何かを閃いた様子の古畑。
古畑「今泉くーん」
今泉「はい! 古畑さん!」
古畑「あのー、君、なんてったっけイカスミ
 パスタじゃなくて……」
今泉「味噌カツ丼太郎! もぉ、覚えてくだ
 さいよぉ」
古畑「どうもありがとう」
  モニターの中、漫才をする霜降り明星。
  彼らを見つめる古畑。
  暗くなり、照明が古畑を照らす。
  古畑、カメラに向かって。
古畑「えー、犯人は彼らで間違いないようで
 す。えー、今回は、お二人の忙しさに助け
 られました。彼らは、芸人としては一流で
 すが、犯人としてはまだまだ未熟だったよ
 うです。少しですね、彼らに仕掛けてみよ
 うかと思います。ヒントは、『漫才』……
 古畑任三郎でした」

○ルミネtheよしもと・劇場
  客がいなくなった劇場内。
  ロビーから入ってくる霜降り明星。
  ステージ中央に古畑が立っている。
  古畑、センターマイクに。
古畑「お待ちしていました……」
せいや「古畑さん……!」
粗品「しつこいねん! 神聖な場所やぞそこ」
古畑「あー……やはり、プロの方のツッコミ
 は違いますね」
粗品「ツッコミちゃいますよ。腹立つわー」
古畑「ご安心ください。恐らくこれが最後で
 すから」
せいや「怖いこと言うなぁ」
古畑「どうぞ」
  しぶしぶ座席に座る霜降り明星。
古畑「えー、しかし感心しました。お二人の、
 お笑いへの向き合い方に。なんでしょう、
 ブラッシュアップって言うんですか? や
 り慣れたネタでも、ちょっとずつ変えてい
 くもんなんですね」
粗品「何が言いたいねん」
古畑「今泉くーん」
  ステージに飛び出してくる今泉。
  せいやの漫才衣装のコスプレをしている。
  今泉、古畑の横に立つ。
古畑「えー、一回やってみたかったんです漫
 才……(咳払い)あと、懐かしいのがねぇ、
 『こぶたたぬききつね』の歌」
今泉「あー懐かしいですねー」
古畑「この曲何が可愛いってね、動物の鳴き
 声で合いの手入れてくっていう」
今泉「そやそや。やってみよ」
古畑「(咳払い)えー、♪こぶた」
今泉「(リアルなブタの鳴き声)」
古畑「はいはい……♪たぬき」
今泉「(リアルなたぬきの鳴き声)」
古畑「ほう……♪きつね」
今泉「(リアルなきつねの鳴き声)」
古畑「♪ねーこ」
今泉「(リアルな猫の威嚇声)」
古畑「リアルやなぁー!」
  場内に沈黙が流れる。
粗品「(呟く)おもんないな」
古畑「……やっぱり、素人が真似できるもの
 ではないですね」
粗品「しょうもないねん! 時間もったいな
 いんで帰っていいですか? 嫁さん待って
 るんですよ」
古畑「えー、昨夜のお笑い番組でお二人がや
 られた漫才です。一言一句違わず、コピー
 させていただきました」
粗品「勝手なことを……」
古畑「では、続いて……お願いします!」
  スクリーンに映像が映される。
  先ほどのルミネでの漫才「童謡」の映像。
  早送りされていく映像。
古畑「先ほどの漫才のビデオをお借りしまし
 た……ストップ!」
  漫才の映像が再生される。
映像粗品「(咳払い)えー、♪こぶた」
映像せいや「(リアルなブタの鳴き声)」
映像粗品「おー……♪たぬき」
映像せいや「(リアルなたぬきの鳴き声)」
映像粗品「ほう……♪きつね」
映像せいや「(リアルなきつねの鳴き声)」
映像粗品「♪ねーこ」
映像せいや「(リアルな猫の威嚇声)」
映像粗品「リアルやなぁ!」
  停止される映像。
古畑「お気づきになりましたかね? 昨夜は
 キェンキェン、今日はニャー……キツネの
 鳴き声が修正されていました」
  粗品、せいやの顔を見る。
せいや「たまたまですて」
古畑「調べたところですね、キツネは本当に
 ニャーと鳴くそうです(と、笑う)」
せいや「へぇ」
古畑「漫才にも正確さが求められる時代です。
 下手に誤った情報をボケにすると、それが
 ノイズとなって笑いにくくなってしまう。
 だから、修正されたんでしょう。『一番ウ
 ケる状態』にするために」
  せいやの額に汗がつたう。
古畑「つまり、昨晩の生配信を終えて、今日
 のネタをするまでの間のどこかで、キツネ
 の鳴き声をお聴きになった、違いますか?」
せいや「ど、動物園に」
古畑「スケジュールから見てそれはあり得ま
 せん」
せいや「上野! さっき古畑さんと別れた後
 行ったんですよ」
古畑「私もそう思いました。しかしですね、
 上野動物園ではキツネは飼育されていませ
 ん……恐らく、テレビか何かで観たんじゃ
 ないですか?」
せいや「え」
古畑「今泉くーん!」
  今泉、新聞を持ってくる。
  古畑、テレビ欄を見せて。
古畑「昨晩21時、あなた方が生配信されてる真裏では……」
  古畑、番組表を読み上げる。
古畑「(読む)アニマル大百科、意外に可愛
 い鳴き声特集」
せいや「録画してたんですよ」
古畑「3時までラジオをして帰宅して、わざ
 わざ見るとは考えにくいです……要するに、
 本来配信をしてるあなたたちは『アニマル
 大百科』を見るなんて不可能なんです。忙
 しさからそれを観たことも忘れ、無意識に
 キツネの鳴き声が出てきてしまった! 違
 いますか?」
せいや「……」
  納得してない様子の粗品。
古畑「売れっ子なばっかりに。以上です……
 味噌カツ丼太郎でした」
粗品「誰やねん!!!!!」
  立ち上がり、ツッコミを入れる粗品。
粗品「しょうもないねんお前!」
古畑「……はい?」
粗品「古畑さんはご存知ないでしょうけどね、
 そんな映像腐るほどとあるんですよ。アニ
 マル大百科? ようわかりませんけど。そ
 んなのYouTubeかなんかに載ってる映像ダ
 ラダラ紹介してるだけでしょう。そんな屁
 理屈ねぇ、はなから証拠にならないですよ」
古畑「……はい」
  古畑、粗品に手を向ける。
古畑「今、なんと、つっこまれました?」
粗品「屁理屈や言うてんすよ」
古畑「その前」
粗品「いや誰やねん!」
古畑「どうしてそう思われたんですか?」
粗品「いや味噌カツ? あなた古畑さんでし
 ょ。ボケとしてもシンプルにおもんないで
 すし。味噌カツと古畑、一文字も掛かって
 ないですよ」
古畑「ご存知ない? 味噌カツ丼太郎」
粗品「知ってるわけないでしょ。しょうもな
 い」
  古畑、スマホを見せる。
  生配信のアーカイブ動画である。
古畑「昨夜の配信のコメント欄です」
  古畑がコメントを指差す。
  ユーザー名「味噌カツ丼太郎」が、コメ
  ントを連投している。
古畑「味噌カツ丼太郎『オススメのホルモン
 はなんですか?』、味噌カツ丼太郎『髪は
 どこで切ってますか?』、味噌カツ丼太郎、
 味噌カツ丼太郎、味噌カツ丼太郎……まだ
 続けますか?」
粗品「無視してたんですよ! うっとおしい
 から」
今泉「ひどい!」
古畑「彼のユーザーネームでした。まぁ、こ
 れだけチャットを汚してるんですから、無
 視する気もわかります。しかしですね、ど
 うして知らないんですか? 配信は生じゃ
 なかったんじゃないですか?」
粗品「……」
古畑「考えられるとしたらこうです。アリバ
 イ工作のために事前に収録していた映像を、
 生配信に見せかけて流してた」
粗品「コメントも読んでるでしょ!」
古畑「恐らくは、マネージャーや後輩芸人に
 頼んだんでしょう。時間とコメントを指定
 して」
粗品「(小声で)もうええわ」
古畑「タイミングを合わせてリアルタイムで
 質問に答えてるように見せかけたんです違
 いますか?」
粗品「もうええわ……」
古畑「蚊の鳴く声量」
  粗品の手の動きを真似る古畑。
  粗品とせいやに近づいていく。
古畑「……とでもいいましょうか?」
粗品「ももええわ!!!」
古畑「落ちた……と、とらえてよろしいです
 ね」
  古畑、ロビーの方に手を向ける。
  粗品、すれ違いざまに。
粗品「はめたんですか?」
古畑「あなたのツッコミの才能を見込んでの
 ことです。さすがの瞬発力でした」
  せいや、古畑のモノマネで。
せいや「えー、あのー、聞いてもいいです
 か?」
古畑「なんでもどうぞ」
せいや「正直、いつから気づいてました?」
古畑「私がアリバイを伺ったとき『その時間
 は本社にいた』とおっしゃいました」
せいや「はい」
古畑「まだ死亡推定時刻をお伝えしてないの
 に……」
  せいや、おでこに手を当て。
せいや「んー」
古畑「あなたがおっしゃった時間が、被害者
 の壊れた腕時計の時刻と同じだったんです。
 あの時点では、犯人しか知らない時間です」
せいや「んふふ……お察ししてください」
粗品「させる側珍しいて」
  と、反射でツッコミを入れる粗品。
古畑「……お察しします」
  劇場を後にする霜降り明星。
  古畑だけが劇場に残される。
  エンドクレジットが流れ始める。

                 〈終〉

古畑任三郎 ラスト


最後まで読んでいただき、ほんとうにありがとうございます。

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