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[ビジネス小説]未来へのプレゼン 第30話 覚悟

前回のお話

慎吾は丸山の笑顔から感じ取った雰囲気が今まで見た事がないものだったことに驚きを隠せなかった。


全く優しさを感じない。


異質な感覚。

別人のように感じた。


『何か嫌な予感がする・・・。』


結果は追ってMIYABE.COより連絡が入る。

一旦、慎吾たちは会社へ向かった。

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「え〜!!丸山さんが〜〜〜!?」

当然のように、丸山の話でもちきりとなってしまうのは想定内だったが、

内藤が気になるのか話しかけてきた。

「吉田。お前、何か言いたいことがあるんじゃないか?」

慎吾の浮かない顔を察したのか、丸山の話を遮って切り出した。

「・・・。

はい。

今回の案件ですが、違和感を感じるんです。

当社の提案は自分でも満足いくもので、手応えを感じたのですが、

後にプレゼンをするビズルート社の自信というか・・・。

うまく言えないんですが、

異質な感覚を覚えたんです・・・。」

「先輩。気のせいですよ。僕は感じませんでしたけど。」

橘があっけらかんとした声で慎吾の不安感を払拭するかのように話す。

これでも気を遣っているようだ。

「うん・・・。だといいんだが、妙に嫌な感じがするんだよな。

なんて言うのか・・・。

余裕があり過ぎるんだよ。

ビズルートの皆さん。

同じ土俵に立っていない気がしてならないんだよ。」

「・・・。それって、もしかするともしかするな。」

内藤は慎吾と橘の会話を聞いて一つの懸念が走った。


『これは、出来レースだ。』


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後日、MIYABE.COから来た連絡は、不採用の連絡だった。

どんな内容のプレゼンをビズルート社がしたのかは、今後のMIYABE.COの2025年に向けた取り組みで徐々に明らかになっていく。

あの、ワクワクした表情で見てくれていた宮部会長。

そんな自分達のプレゼンを上回るものを提示したビズルート社。丸山さん。


内藤さんは『出来レース』ではないかと疑っていたが、そうでないことを信じたい反面、負けたのはそのせいであって、自分達のプレゼンはあの時点でのベストを尽くせたと思いたかった。


慎吾のスマホにメッセージが届いたのはその時だった。

『丸山さん。。。』


結果が通知されたのを見越してのメッセージだろうか。

『先日はどうも。

MIYABE.COのプレゼンの件で話しがしたい。

明日の夜、19:00に帝国ホテルのロビーでどうでしょうか。』


慎吾は正直行きたくない気持ちの方が強かった。

話を聞くのが怖かった。

だが、避けるべきでないことも頭では理解していた。

ビジネスパーソンとして成長するきっかけになることを、慎吾は本能的に感じていた。


『わかりました。お伺いいたします。』


返信は来なかった。


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帝国ホテルロビーはクリスマスのデコレーションが進んでいた。

鮮やかな赤の花を目一杯つけた大型のツリーがロビーに鎮座して来場者が写真を撮りあっている。


ツリーの側のソファーを避けて座っているところへ丸山が歩み寄ってきた。

「やあ。外は冷えるね。ま、飯でも食いながら話そう。」

17階までエレベーターで上がり、嘉門という鉄板焼きの個室に入った。


「気にしなくていい。経費だよ。」


こういった個室に入って話をすることが初めての慎吾は戸惑いが表情に出ていたのだろう。それを読み取ってか、丸山は部屋に入ることを促してくれた。

自腹で払うにしてもどれくらいなのかも見当が付かなかった慎吾はホッとしたのと同時に、

『ただより高いものはないかも。。。』

というどこかで聞いたフレーズを思い出していた。


鉄板の前にシェフが焼き上げる牛肉を持って現れた。

食材の説明をしてシェフは淡々と調理を行なっていく。

無駄のない手捌きでこちらの食の進み具合に合わせていく。


「MIYABE.COのプレゼン。お疲れ様でした。
結果は弊社が契約したけれども、フロンティアのプレゼンも良かったと聞いたよ。」


「ありがとうございます。勝って恩返ししたかったのですが、残念です・・・。」


丸山は食前酒を飲み終えて、次に頼んだハイボールを一口飲んだ。


「うん。実は、今回のプレゼン。

何がなんでも負けられないプレゼンだったんだ。」


シェフは最後のメインディッシュに取り掛かろうとしている。


「ビズルート社にヘッドハントされて、最初の案件。

負けられない勝負だったから、全力で挑ませてもらったよ。

私がこれまで培ってきたノウハウを注ぎ込んだ。

全力を出し切ったんだ。

今回、君達と私達のプレゼンで差があるとしたらなんだと思う?」


丸山が慎吾に答えをすぐに出さずに考えさせるのは、あの頃と変わっていなかった。


「発想、着眼点、企画力、経験といったところでしょうか・・・。」


慎吾は素直に思いつくところを伝えた。

実際の所はわからないまでも、この会話を通して内藤が推測した『出来レース』ではなかったことに確信を持てた。


「経験ね。

確かに、それも大きな要素の一つだろう。

・・・私はね。

今回の差は、覚悟の差だと私は思っている。


企画の内容、着眼点、発想力、もちろん大事だ。

そして、相手にワクワクを伝え、ワクワクさせることも大事だ。

ただね。

それだけではダメなんだよ。


覚悟。


今回、この案件を誰よりも深く考え、

誰よりも最後までやり遂げ、

誰よりも

クライアントよりも

自分ごととして完遂する

覚悟


吉田くんにフロンティアワールドにいるときに、最後まで伝えたかったけれども

伝えられずに退社した僕が教えられなかったこと。


それがこの覚悟だ。



今日は、実はそのことを君に伝えたかった。」


鉄板に香り付けのブランデーに火をつけて炎が上がった。



覚悟


慎吾もそれ相応の覚悟をして臨んだつもりだったが、

覚悟の度合いが違ったのだろう。

それは、プレゼンを通して相手に伝わる。


視覚情報や聴覚情報ではない、

体感情報として伝わるものだ。


同じレベル感の企画であっても

最後はプレゼンターの覚悟が左右する。


慎吾はまた一歩、階段を登れた気がした。


口に入れた肉は味わう前に消えていくような感覚だった。


「丸山さん。ありがとうございます。

今回の件で、さらに学びが深まりました。

本当に感謝します。」



「うん。そして、感謝ついでに考えて欲しいんだが。。。」


食事を終えた二人は別室に案内されコーヒーを飲みながら話を続けていた。


「吉田くん。

ビズルートへ来ないか。」


吉田はコーヒーカップを口につけるのを止めた。


「吉田くん。君には素質がある。素直さ、誠実さ、前向きでポジティブ。そして行動力だ。

ビズルートで僕の右腕として、さらに大きな仕事をしてみないか?

返事は、1週間以内。

それ以上は待たない。」


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丸山はタクシーに乗って帝国ホテルを後にして行った。


丸山のタクシーが見えなくなるまで見送る。

12月の寒さをコートの襟を立てて凌ぎ、慎吾は皇居を左手に見ながら有楽町駅へと歩いた。


『ただより高いものはない。。。』


慎吾はその場で返事をしなかった。


誰かに相談をするか。

自分で決めるか。


今の自分にとって何を選択するのがベストなのか。

そもそも、自分はどうしたいのか。

丸山を信じて良いのか。

フロンティアワールドのみんなを裏切ることになって、自分自身を許せるのか。



『覚悟することができるだろうか。』



すでに22:00を回っていた。


慎吾はそのあしで有楽町の映画館でやっているオールナイトの映画のチケットを買った。


最後に飲んだコーヒーのせいか、

丸山からのヘッドハントの話が

眠れない慎吾の中で自問自答しているのがわかる。


映画の内容など

全く入ってこないが、それでも何かを見続けていたいと思う夜だった。

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