見出し画像

[ビジネス小説]未来へのプレゼン 第41話 新規事業提案

前回のお話

教育といってもその幅は広い。

幼児から大人まで様々なターゲットがある。

一気に全てを網羅的にできるわけでもない。

すでに先行している教育事業の会社は多数ある。

その中でどのセグメントにどんな切り口でどう攻めるかが重点ポイントになる。


慎吾が目をつけたのが


「動画」


だった。


Youtubeの日常化によって個人が動画に触れる時間は過去よりも大きく増加している。


端末は全ての個人がスマホを手にしているほどに普及している。

さらに今後は5Gという高速ネットワークが整備される。

料金も大幅に引き下げられ、ユーザー負担も軽減する。

政府主導でギガスクール構想としてタブレットも一人一台配布された。

環境は整っている。

そこにどのようなコンテンツを流通させるか。


慎吾は自分が学んできた教育こそ、そのインフラに乗せて提供すべきプラットフォームをビズルートとして構築すべきだと考えた。


誰が提供するコンテンツが有益か?


慎吾が考えたプランは次の通りだ。

ーーーーーーーーーー

コンテンツ提供者は現役の教員。

学校の授業そのものを録画配信する。

それによって全国の授業内容がオープン化する。

オープン化する中で授業の優劣が出てくる。

良い授業はさらに視聴数が伸び、学びが深まる。

視聴数が多い授業は横展開され、リアルの授業でも取り入れられる。

質の高い教育の循環。

授業のオープン化に賛同いただける現場からスタートしていく。

ーーーーーーーーーーー

しかし、実現可能性を見出していく上で様々なハードルが見えてくる。


・提供してくれる学校が皆無

・子供達のプライバシーの問題

・インタラクティブな授業内容は公開に適さない

・マネタイズポイントが広告収入だとそもそも教育コンテンツの視聴として不適切

・視聴するユーザーが特定しづらい

・大学の授業であればすでにmoocとして無償で展開されている

・マネタイズポイントが不明確

・スケールするイメージが湧かない


など様々なフィードバックがあり、企画自体が頓挫しそうになった。


(手詰まりか・・・。)


項垂れている慎吾に連絡が入ったのは、通っていた中高一貫校の当時の担任である中村先生からだった。

中村先生には最初に相談に行った。

すでにその学校の校長にもなっていたため、話が早いかと思ったがそれほど簡単に動かせるものではないことをおっしゃっていた。

ーーーーーーーーーーー

「吉田くん。

その後、どうだい?

難しいだろう。」

中村先生の言葉が慎吾に刺さった。

「はい。かなり厳しい状況です。」

慎吾はありのままを伝えた。

(なんとかしてくれないか。。。)


「そうか。

そう思ってね。

吉田くん。


うちでよかったらトライアルでやってみないか?」


中村先生が微笑みながら語りかけている姿が目に浮かんだ。

その姿は中学の時の担任だった頃の若い中村先生のように力強い語尾だった。



・・・・・・

どの部活に入るか決めかねていた慎吾をバレーボールに導いてくれたのは中村先生だった。

「吉田くんは身長が170cm。まだまだ伸びる。

バレーボール。

興味ないか?

先生、3年かけて全国でNo.1のチームを作りたいんだ。

吉田くん。

先生と一緒にチャレンジしないか?」


あの頃の先生は今と違ってもっと細身でイケメンだった。

月日が経ち、校長になった先生は顔も丸くなり貫禄がついて恰幅もよくなった。

そう。あの時の部活に誘われたような暖かい自分への期待感。



あの時と同じような感覚に包まれた慎吾は、ふと気づいたら泣いていた。




「よろしいんですか?」

「うむ。実験ということで理事会で承認は取ったよ。

責任は私が取るから、一度やってご覧なさい。」



涙が止まらなかった。



「・・・。ありがとうございます!」



清々しい涙を流したのは、思い返してもこれまで一度も無かったような気がした。


ーーーーーーーーーーーーー


慎吾は再度プランを見直していった。


一つ一つ。


念いを込めて。


中村先生の笑顔を頭の片隅に掲げて。

時折目を閉じて中村先生に話しかけるようにプランに込めていった。

ーーーーーーーーーーーー

暁学園。

中村校長の旗振りの下、手始めに社会の授業を配信することとなった。

複雑な歴史の授業を中高一貫校ならではの生徒に覚えやすい授業内容にして伝えている。


一般的に歴史の授業といえば旧石器時代などから始まるがここでは現代史からスタートする。


通常の過去から現代への歩みをみていくプロセスとは真逆である。


だが、現在の私たちが暮らすのこの今という時代に興味を持たなければ歴史などに興味を持つはずがないという理念で授業は進められていった。


授業を撮影し、そこを編集することで短くエッセンスを抽出して集中できる内容で届ける。

1セッションの時間は3分×3セットまで絞り込んだ。


短時間動画×本数


編集作業は徹夜作業の連続だった。

作っても作っても終わらない。

どの部分をピックアップするか。

構成の順番。

インパクトのあるつかみ。

テロップの添え方一つとってもこだわった。

統一のオープニング動画も引き込まれるようなものを作成した。

そうやって少しずつだがコンテンツが仕上がっていく。

ーーーーーーーーーーーーー

トライアル配信をしたこの動画は、子供が通う親御さん達から視聴が始まった。

我が子が学ぶ授業について知りたいという親御さんのニーズに合致したのだ。

そして一緒に学ぶことによって子供との共通の会話が広がっていった。


親御さん達はお願いをしなくても職場でその話をすることになり、気がつけば他の親御さん達も視聴していった。

1ヶ月もたたないうちに歴史の授業のフォロワーが3万人を超えていた。

直接父兄や全く知らない方、現役教師達からYoutubeの授業に対してコメントが届いた。


早速授業に取り入れた方。

学び直しで勉強になることを伝えてくる方。

アドバイスや参考情報をくれる人。


もちろんポジティブなものだけではない。


知識が定着しづらいのでは?

板書に誤植があった。


など様々な意見は次の動画作成への参考になり、先生へのフィードバックも感謝された。


うまくPDCAが回っていき、さらに充実したカリキュラムとなっていった。


後日談だが、配信された授業が話題を呼び、その教え方は書籍化。

書籍は10万部を超える大ヒット作となった。



テストトライアルとしては十分すぎるサンプルがとれた。


他の教科の授業のオープンに賛同する先生方も出てきた。



授業プラットフォームは成功する!!



かに思えた。


だが、それは目の前に起きたちょっとした奇跡なようなものであって

本当の意味でビジネスとして成り立っているものでは無かった。



ーーーーーーーーーーーーーーー

「以上でテストトライアルの報告となります。

ぜひ、このプロジェクトを本格展開したいと思います。

ご承認をお願いします。」


ビズルート社 マーケティング会議。


「吉田。本当にこれでうまくいくと思うか。」

マーケティングを統括している宮本常務が指摘してきたのは


・将来の成長戦略の実現可能性

・事業規模の小ささ


といったポイントだった。


慎吾はそれに対する明確な答えは用意できていなかった。

目の前の事業を実現させるべく、オペレーションなどは詰めてきたのだが完全に手落ちだった。


「検討が不十分だったと思います。

もう一度検討させてください!!」


「わかった。

しかし、検討期間は2週間だ。

それで考えてこい。

その内容次第で千石社長に最終承認を取りに行く。


丸山さん。

フォローしてやってください。」


丸山は宮本を見て軽く頷く。

(ここがビズルートの正念場だな。)


「わかりました。吉田くん。2週間一緒に頑張ろう。」


慎吾は安堵した。

信頼できる丸山と新規事業のブラッシュアップ。

2週間が辛くも楽しい日々になることが想定できた。

「はい!よろしくお願いします!」


ーーーーーーーーーーー

いつもの銀座のBARで丸山と吉田はマスターから差し出されたターキーのダブルを手にしていた。

「吉田くん。覚えていますか。」

慎吾はフロンティアワールド時代に行っていたプレゼンノックのことだとすぐ思い当たった。

「もちろんです。第8回のSDGSまで終わって次の第9回の新規事業提案の会から丸山さんは姿を消しましたから。

今でも鮮明に覚えていますよ。」

丸山はニヤリとしながらターキーを口にする。

「時間が経ちましたが、第9回の新規事業提案です。

まさに今回がその第9回。

違うのはノックじゃなくて本番だということです。」

慎吾もターキーに口をつけた。

ニヤリとしながら丸山の方を見ずに答えていた。

「はい。よろしくお願いします!」

「では、この場でお伝えしますが、新規事業提案の内容ですが。

テストトライアル。

お疲れ様でした。

私の見解から言うと、吉田くんが作った現在のビジネスモデル。

一から見直しです。

慎吾が思っていたブラッシュアップとは全く想定していなかったコメントに驚いたものの丸山の意見には耳を傾けさせる強さがある。


「はい。覚悟しています。自分のプランでは限界があります。知識・見識不足を痛感しています。」


慎吾のコメントに丸山はあまり好感を示さなかった。

「相変わらず素直ですね。良いところですが悪いところでもあります。

新規事業で大切なのは、

それを引っ張っていく人の


こだわり覚悟です。


正直。


吉田くん、あなたにはその両方が大きく欠如しています。


頭でわかっても行動に移せなければ意味がないんです。


当事者の圧倒的なこだわるという姿勢。

最後までやり遂げる不屈の覚悟。


この2つをこの新規事業に込めて欲しいんです。」

慎吾はこれ以上酔いが回らないようにチェイサーを頼んだ。

冷えた水が頭を冴えさせる。



「明日まで。」


丸山は少し下がった眼鏡を抑え直しながら続けた。


「明日までに見直したプランを考えてきてください。


答えを私から出すのは簡単です。


でもそれは吉田くんの新規事業ではなく、私の事業になります。


私は当事者ではなくフォローする役目です。



明日。



吉田くんのプランを楽しみにしています。」


お互いに目を合わさずに正面を見つめ続けながら言葉を交わしていた。


「任せてください。

ずっと考え続けていますから。

持っていきます。



明日。」


慎吾は言いながらまだノープランであることは伝えなかった。

自分を咄嗟に追い込んだが、帰ってから考え続けるつもりだ。

フロンティアの時にできなかった9回目のプレゼンノック。



慎吾はターキーには手をつけずにチェイサーを飲み続けた。


サポート大歓迎です。!!明日、明後日と 未来へ紡ぎます。