[ビジネス小説]未来へのプレゼン 第42話 時間を買え
前回のお話
慎吾は一睡もせずにブラッシュアップを重ねた。
ネットでの検索を行いながら関連する教育の周辺事業の洗い出し。
これまで目を通してきた本を引っ張り出す。
書籍が部屋を埋め尽くしていく。
ふと出てくるアイデアを
積み上げては壊し
積み上げては壊し
崩れるばかりの作業を何度も繰り返す。
(時間がない・・・。)
何かを決める時に、どこまでこだわるか。
そのリミットはいつも時間だ。
こだわればこだわり続けることができる。
際限なくこだわったから全てがうまくいくわけではない。
どこまでこだわるか。
どこまですれば自分が納得するのか。
相手を納得させられるのか。
答えのない作業を行なっていく。
自分で限界を作ればそれが答えになるが本当にそれでいいかどうかの自信が持てない。
妥協と精一杯のせめぎ合い。
その終わりを告げてくれるものが時間だ。
ギリギリまで考える。
脳がちぎれるほど考える。
タイミングを逃せばビジネスは逃げていく。
自分の直感を信じて
決めて突き進めた。
教育に関連する周辺事業の洗い出しを行なっていく中で規模を出していくのであれば学校教育から派生させてもっと幅広く学び自体を取り扱うプラットフォームにすべく対象範囲を広げることで規模の拡大を検討していった。
学校教育→専門資格取得の学び→趣味の学び
こういったフェーズを作ることで規模の拡大へとつなげる。
そして、予算とリソース次第だが、5年で黒字転換することを様々な試算から弾き出していった。
(これなら丸山さんもOK出してくれるんじゃないだろうか・・・。)
見るのも嫌になるくらいに飲み続けているインスタントコーヒーが空になった頃には、世界は出社する時間になろうとしていた。
一睡もしていないが全く眠くない。
自分を追い込みたかった。
追い込んだ先を見てみたかった。
『自己満足にならないように、後悔しないように、全力だ。全力。』
以前読んだ書籍で、とある研究者と経営者の対談記事を思い出した。
その研究者は
『研究とはマラソンのようなもので、途中で息切れしないようにペースを保って走り続けるんです。』
と答えていた。
(ビジネスも走り続けるんだから同じような感じなんだろう。)
そんな風に慎吾も考えながら読み進めていると、対談相手の経営者は別のことを言っていた。
『私は違います。最初から全力疾走です。
全力で走り続ければ、息切れするかというとそうではなくて、全力で走ることが当たり前になるのです。
研究とビジネスは違いますね。』
その文章を読んだときに慎吾は衝撃を受けた。
同じ走り続けるにしても全力で走り続けることができるのがビジネスだと知った時からそれが当たり前であると思ってやり続けてきた。
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「ー以上がブラッシュアップ案です。」
慎吾の発表を聞いても丸山の表情は変わらなかった。
「吉田くん。昨日はあれから寝ないで考えたんですか?」
丸山は吉田の顔色が冴えないのを見て尋ねてきた。観察力は高い。
「はい。結果的に寝れませんでした。寝る時間すら惜しいくらいに考えました。」
「吉田くん。私たちに共通して平等に担保されているものって何か知っていますか?」
「共通して平等なもの・・・ですか?」
今回の新規事業とは関係ない質問だったので答えることに躊躇した慎吾を見て丸山は続けた。
「そうです。」
「それは、時間です。」
慎吾は頭では理解している。
それは、時間は平等に1日24時間であるから、当たり前のことだなと思った。
「昨日の夜から今朝にかけて、私たちに残された時間は7時間くらいしかありませんでした。
7時間をどう使うか。
自分一人でできることには限界があると思いませんか?」
慎吾はただ丸山が真剣に話す時間について集中して聞いた。
「一人で考えて素晴らしいものができあがればそれでも良いでしょう。
一人で考えるよりもさらに効率良く多様性ある見解が示されて意思決定を行うだけの方がより合理的だとは思いませんか?」
慎吾は黙ってうなずいた。
「吉田くんは、なぜそれを行わなかったのでしょうか?」
「深夜ですし。迷惑をかけれないですし。仕方がないのではないでしょうか?」
言った瞬間、慎吾の頭に、会ったことのない経営者の『全力疾走』の言葉が響いた。
「そうでしょうか?それは、できなかったのではなく、私から言わせればしなかっただけのように思います。
日本では深夜でも海外では別の時間軸が流れています。
日本に限定して物事を考えていましたね。
さらに、聞く相手を日本人に限定しています。
私が言いたいのは、こういった状況はこれからも多分にあるのです。
その時に、相談できる仲間をどれだけ作ってきたかがあなた自身の真価を問われるのです。」
(真価・・・。)
「つまり、あなたのビジネスを助けてくれる、信頼できる仲間達です。
そして、そのあなた自身に、より良い視座、視点、視野をもたらしてくれる方です。
吉田くんにはそういう仲間はいますか?」
聞かれてドキッとする質問は、それまで真剣に考えたことがないものが大半だ。
自分に問いかけたことがないから咄嗟に自分の内なるものを覗いたところでスムーズに言語化できるわけがない。
慎吾は、仲間という概念がプライベートな領域でしか考えたことがなかった。
「限られた時間で知恵を出すには普段からの仲間作りです。
私は、外脳と言ってますが、外脳とたくさん繋がっていることが重要になります。
あらゆる知見を元に自分の中でアイデアをビジネスへ構築していくことが必要なのです。」
(外脳仲間・・・。)
「今回の吉田くんのブラッシュアップ案ですが、筋は悪くない。
むしろ王道です。
ですが、我が社の現状を考えると、5年という時間は掛けられない。
5年ではなく1年で成果を出すためにどうすべきかが重要です。」
ここでの時間軸の差は、自分の視座の低さを指摘されているのと同じだった。
経営がどれくらいのスピード感で何を求めているのか。
これが掴めていなければ、当然立ち上げるビジネスの風景も変わってくる。
「吉田くん。私の提案は、業務提携です。
現在、世界で一番試聴されている教育に関するラーニングシステム。
Academy
世界で5億人が登録するこのシステムを日本の総販売代理店として業務提携をして持ち込みます。
全社運をかけて先行投資します。
新たにAcademyとビズルートの合弁会社を50%比率で設立して攻めます。
圧倒的No.1を取りに行きますよ。」
スピード。
時間を買うという新規事業。
丸山さんの知見があれば徹夜することもなかったかもしれない。
(答えが最初からあるのならその積み上げからできたのに)
「今、徹夜が無意味だとは思いましたか?それは違います。
その徹夜した、思考の深掘りの積み重ねが、吉田くんの力になります。
業務提携の相手は米国企業です。
よろしくお願いしますよ。」
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託された慎吾はとにかく全力で提携を進めるべく準備をする。
Academyのコンタクトポイントはすでに丸山が持つ外脳仲間のライアンから通っていた。
リサーチが終わった頃、経営会議に付議して了承を得ることができた。
丸山の信頼度とフォローの勝利だ。
誰を味方につけて
誰の援護射撃を受けるかによって
社内のプレゼンは決裁率が変わってくる。
丸山の存在価値はとてつもなく太く強いものとなっていた。
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「吉田くん。おめでとうございます。無事、新規事業が承認されましたね。」
「ありがとうございます。全て、丸山さんのおかげです。たくさんのことを今回学ばせていただきました。」
丸山は表情こそ笑顔だが口調は吉田を諭すように話し始めた。
「いや。ここからいよいよスタートですよ。
これは最初の一歩です。
意思決定されただけです。
ここから予算化され、実質的に吉田くんが動かなければ新規事業はただの絵に描いた餅に過ぎません。
実行して結果を伴わせましょう。
色々とトラブルはつきものです。
敵は社外だけでなく社内にもまだまだいます。
足を引っ張ってくる人も必ず出てきます。
それを事前に分かった上で取り組んでいくのと、
何も考えずに壁にぶつかるのとでは全く違うのです。
30年先のビズルートの未来を作りましょう!!」
「はい!!」
丸山と吉田のタッグで新規事業がスタートした。