[ビジネス小説]未来へのプレゼン 第15話 岐路
5人の課長が出席するようになったプレゼンノック。
いよいよ6日目は、『今の部署をプレゼン』というテーマ。
全ての課の課長が参加することになって、ベストのタイミングでの部署プレゼン。
丸山はそれぞれの課長が何を考え、どうしていきたいのかを知る良いきっかけにしたいと思っていた。
丸山はこの企画部に3ヶ月前に異動してきたが、これまで携わってきたメンバーと遜色ない仕事ぶりに感心しながらも、ブレイクスルーができないことを感じていた。
個々人のスキルが足りていないこと以上に、チームとしての相乗効果が見込めないことに課題を感じていた。
消極的な仕事への向き合い方。
他方、一方的に情熱をぶつけるやり方。
チームを一つにすることをこのプレゼンノックで見出してあげたかった。
丸山が一番目をかけているのは吉田だ。
最初に話した時から、吉田がこのチームの将来の柱になるべき存在であることは直感で分かった。
しかし、まだ若い。
若い奴の言うことを聞くほど、同列の課長である内藤や佐々木は年次が上すぎるわけではない。まさに脂が乗り始めている時期だ。
そこで丸山が考えたのが、このプレゼンノックだった。
吉田を鍛えること、そして急成長を見せることで周りを巻き込み、双方をつなぐことを行う。
今のところ、うまくいっているように丸山は手応えを感じていた。
『あと3ヶ月もすれば、いいチームに生まれ変わるかな。』
丸山の経験は3ヶ月という期間をはじき出したのには理由があった。
過去の自分と重ね合わせてその3ヶ月という期間の人生の中での重さに立ち返ることは久しぶりだった。言葉にしづらいこみ上げてくる感覚を時々ビジネスの中で感じることは嫌いではなかった。
丸山がPCに今後の組織について思案を巡らしながらオフィスビルが立ち並ぶ渋谷の街に目を落としていると1通のメールが届いた。
『ご紹介案件 ビズルート社ーーーーーーー』
丸山はメールに目を落とした。
「・・・。」
丸山はPCの画面を閉じて一人喫煙ルームへ向かった。
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ー深夜12:00
佐々木はプレゼンノックに参加したことを部屋で一人グラスにワインを注ぎながら思い返していた。
毎日をやらなければならない仕事に追われて走り続けてきたこの4年ほどを振り返りたくもなった。
『いったいどこに向かっていたんだろう。。。あたし。』
毎年行く海外への旅はいいリフレッシュになっている。
見たいものを見て、
食べたいものを食べて、
好きなことをしていくことは人生を充実させてくれていた。
なのに時折寝る前に自分が死ぬときのことを考えると無性に寂しくなった。
死ぬことが怖いわけじゃなく、寂しさがこみ上げてくる。
そんな時は決まってミスチルの曲をかける。
何曲か流れたあと、イノセントワールドの曲になった。
佐々木が一番好きな歌だ。
「・・。いつの日もこの胸に、流れてるメロディ〜・・。」
誰に聞かせるでもなく口ずさんでいる。
『innocent(イノセント)って純潔とか無邪気って意味だっけな。。。確か。
無邪気な世界か。。。タイトルだけなら吉田にぴったりじゃん。。。』
少し酸味がキツいワインは酔わせてくれない。
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ー就業後の会議室
「では、部署プレゼンですが、誰からやるかな?」
丸山はいつものように淡々とプレゼンノックをスタートさせた。
「あの〜。私からでも良いでしょうか?」
珍しく土屋が手をあげた。
「え〜。その〜。後になるとやりづらいかなと。僭越ながら私から。」
丸山は聞いた。
「いいね。では土屋さん。今回伝える相手は誰を想定していますか?」
土屋「はい。ここにいるみなさんに対してです。」
丸山「OK。今日のゴールは何かな?」
土屋「より深く当課を知っていただくことです。」
丸山「よし、わかった。では始めよう。」
土屋「え〜。まず、当課の現状です。構成メンバーは私を含めて3名で構成されており、日夜膨大な顧客データ、市場購買履歴、リサーチ、アンケートなどを通して情報を分析し、戦略の意思決定、営業での活動に役立てていただいております。え〜。さらに、昨今では将来予測として世界情勢や国内外のイベント、気候変動なども加味した需要予測を独自に開発したものを使用して経営戦略部門、マーケティング部門にも情報を展開しております。え〜。このシステムは通常であれば変数5のところをAIを使用して34まで対応するようにしております。え〜。詳しいことはこちらでは控えますが、皆様への社内、社外からの信頼を得られ、業績向上につながるように、我々分析企画課は日夜データとにらめっこしております。え〜。これからも必要なデータは遠慮なくお申し付けください。ご清聴ありがとうございました。」
土屋は緊張を隠せないまま早足で駆け抜けるように課のプレゼンを終えた。
<使ったスライド>
丸山が話し出す。
丸山「土屋さん。君は、何を伝えたかったんだろうか?」
土屋「はい。部署の現状です。」
丸山「それで、それを聞いてこのメンバー達にどうしてもらおうと思ったかな?」
土屋「あ、はい。部署のことを知っていただければと思いました。」
丸山「ふむ。でも、みんな今日話してくれた内容は知っているよね。」
土屋「・・・。はい。知っています。」
丸山「ふむ。知っている人に、知っていることを伝えてどうして欲しいの?」
土屋「いえ。別に、何かしていただかなくても。これはプレゼンの練習ですし、既知の内容であってもどのように伝えるべきかが重要だと思いましたので。」
丸山は一通り聞いて次のようにコメントを付け加えた。
「土屋さん。2つあります。
まず、プレゼンは聞いて、知って終わりではないんです。
プレゼンと発表は違うんですよ。」
プレゼンと発表の違い
「プレゼンは自分の念いを込めて伝えるものだと私は解釈しています。発表は多くの方に情報を知らしめること。
今、土屋さんがしたのは、発表に近い内容。リクエストが入っていたけれども、リクエストをしたいと思わせられたかどうかというともう一押ししたかったところかな。」
「はい。。。」
「そしてもう一つは、早口詰め込み。
緊張して、一気に早口で全てを言い切って駆け抜けたものだから、みんなは資料を目で追いかけてしまったかな。短い時間でたくさんのことを早口で詰め込むと何を言いたかったのか良くわからないものになってしまう。
つまり、相手の気持ちを置いてきてしまっていたんだ。」
丸山はマーカーを手に取ってホワイトボードに書き始めた。
「自分が伝えたいことは、すでに伝える前から頭にある。でも相手は何も知らないからプレゼンがスタートしたらそれをインストールして理解しようとする。
その時、資料が提示されればそちらを注視する。
話を聞くよりも目で書いてあるものを読んだ方が短時間で理解できるからだ。
でも、視覚から情報を吸い上げている時は、聴覚は働かない。聞いていないんだ。
それとは逆に、プレゼンターは自分のスライドにはないことも話す。もちろん、中には書いてあることをだらだら読み上げる人もいるが、書いてあることはむしろ読んでおいてくださいと言わんばかりのプレゼンだ。
後で読んでおいてくれというのも、後で読むのは面倒だから今理解しておこうとするのが人間の心理。
自分が相手の立場に立って考えていないと、なかなか伝わらないもんだよ。
そして、最も重要なのが、視覚・聴覚から情報をキャッチしているときは、キャッチすることが精一杯でそれを咀嚼して自分の頭で考えていないことが多い。
そこで、こういう場合は、相手の理解スピードと自分の話すスピードを合わせていくピント調節のアクションが必要だ。
綺麗な写真を撮るにはピントを合わせる手間がある。
その手間を惜しんでしまうと美しい写真は撮れない。
プレゼンで言えば、伝わらなくなるんだ。
1枚に全てを詰め込んだらそれこそ伝わらない。」
土屋は悔しいというよりも、今まで意識すらしたことがない自分に嫌気を感じていた。
「次回は。。。頑張ります。」
土屋はしっかりと言葉を、念いを伝えた。
「そうだな。土屋さん。資料はなくても、本当に伝えたいことって何かあるんじゃない?」
丸山はうわべのプレゼンテクニックよりも、本質的なことを話して欲しいという問いかけをした。
「本当に伝えたいこと。。。ですか。」
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その後、全メンバーが語り終えた頃には22:00を過ぎていた。
それぞれがそれぞれの念いに向き合えた夜だった。
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