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[ビジネス小説]未来へのプレゼン 第16話 意識改革

部署プレゼンを終えたメンバーはそれぞれ家路へと足を運んだ。

藤井が自宅に着いたのは24時を少し回った時間だった。

すでに暗くなっている自宅の玄関で鍵を鞄から出していると中で玄関の明かりがついた。

中から妻の真由子が鍵を開けてくれた。

「お帰りなさい。遅かったわね。」

「あ〜。うん。今日はちょっと部署で勉強会でね。」

真由子は珍しく夫の剛が仕事の話をしたのに驚いた。

普段であれば、仕事を家に持ち込まない方針の剛が玄関を開けるなり、仕事の話をすることは意外だった。

「あなた、ご飯は?」

「うん。ありがとう。軽くつまめるものがあるとありがたいな。」

真由子は久しぶりに遅く帰ってきた剛の話の続きを聞きたかったが、それを察したのか剛は今日の出来事を語り出した。

「今日さ、うちの部長主催のプレゼンノックに参加したんだけど、凄かったんだよ。なんだか、今までやっていたことが全て間違っていたような感覚で。それで、他のメンバーたちの考えが結構しっかりしていて、自分よりも10歳くらい若いのに、俺なんかよりしっかりしてるわけよ。
何ていうか、このままじゃいかんな〜とか思ったわけよ。」

「ふふ。なんか、珍しいわね。仕事のことなんか滅多に話さないのに。」

何だか嬉しそうな夫を見て真由子は少し嬉しかった。

「俺ももう53だろ?50を過ぎたらもう後はどうやってこの会社でポジションにふさわしい仕事ができるかを考えていたんだけど、何だか、まだまだ。後7年もあるんだから、まだまだ成長できるなって思ったわけよ。65歳まで雇用延長したら12年だろう。小学校から高校まで進学するわけよ。12年って。そう考えたらとてつもなく成長できるなって思ったのよ。
いや〜。負けてられないな〜。
うん。俺・・・。頑張るわ。」

剛は今日から参加したプレゼンノックでかなり刺激を受けていた。
何よりも自分の課のことを吉田が一番真剣に考えていたことが大きなショックだった。26歳の課長なりたての若造が一番組織をどういう風にしたいのか、メンバーをどう育てたいのかを考えて語っていた。
しかも、自己アピールではなく、メンバーと課のアピールをしっかりしていた。
これはおそらく自分が部長の立場で聞いたら一番頼りがいがあり、次を任せたいと思えた内容だった。

それに引き換え自分が話した内容は、定正的な今のありのままのことしか伝えられなかった。

軽い気持ちで考えていたプレゼンノック。

他のメンバーのプレゼンのフィードバックを聞きながら、自分の臨む姿勢がそもそも間違っていたことに気づいた。
そして、作ってきた自分の資料の恥ずかしさと情けなさが入り混じった惨めな時間だった。
しかし、自分のプレゼンに対して丸山部長の言った

『人はいつからでも変われる』

という言葉で目が覚めた。

俺は、何を保守的に自分の限界を決めて守りに入っていたんだろうと課長になってから今までを振り返って思った。
それと同時にここからの12年で大きく変わってやると、帰りの月を見ながら誓ったのだった。

「真由子。俺、この会社で最後までチャレンジするわ。」

「あら。何だか若い頃に戻ったみたいね〜。いいんじゃない♪」

たかがプレゼン。
それはテクニックを学んでいるようで、実は自分の生き方に気づくためのきっかけだったのかもしれないと剛は真由子が出してくれたビールを飲みながらつまみの野沢菜をつまんでいた。

次は企業価値を2倍にするプレゼン。
おそらく、この部では誰よりも会社に長くいるわけだから、会社のことはよく知っている。

誰よりも良いものを作ってみるさ。
俺は、絶対に腐らない・・・。

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「はい。ありがとうございます。そうですね。詳しくはメールでご連絡ください。スケジュールは追ってご連絡します。はい。
では、失礼します。」

後は、スケジュールか。。。

丸山はタイミングを測っていた。

基本的に、性格上悩むことはほとんどない性分で自分としては得をしていると思いながらも、考えることと悩むことは別であることを経験上、熟知していた。

今回は考えることよりも悩むことの方が多い。それは間違いなく今の部署のメンバーに起因する悩みに違いがなかった。

自宅の自部屋でJAZZを聞くことを日課にしている丸山は、好きなBill Evansのレコードに針を落とし何も考えないようにした。

そのメロディーにだけ、その音が奏でてくれる記憶だけを頼りに。

子供の頃、近所の整備された川でただひたすら源流に向かってみようと歩きながら辿ったことがあった。

やがて見たこともない風景が眼前に広がり、夕焼けが赤く染まってきた頃、自分がしでかしてしまったことに恐怖を覚えた。

『このまま歩いても源流に辿り着けず、かといって戻ったら夜になりひどく親に叱られるだろう。。。』

2択の中でそれほど時間の猶予もない。

やがて丸山少年は自宅に向かって歩き出した。

その言い訳をただひたすら考え、どうすれば叱られないかを考えた。

出てくる言い訳は、くだらない言い訳ばかりだった。

迷子になった。
友達に誘われてしまった。
お腹が痛くなった。

どれも本当のことではなく、何かしら言い訳じみた言い訳でしかなかった。

今思えば、そんなくだらない言い訳よりも、素直に

「源流に向かって歩いたのだが、辿り着けずに戻ってきて遅くなった」

といえば、

「可愛らしい冒険をしたものだ。無事でよかった。」

と笑って許してくれることは容易に予想がつくのだが、当時、叱られるということしか想像できなかった自分はそこまで俯瞰して親の視座に立って自分を見つめることなどできたものではなかった。


今の自分は、どう映るのだろうか。

そもそも、誰の目線で自分を見るのだろうか。。。

誰かの目線で見るということは

誰かを意識しているということではないか。

その誰かを第三者に置いている以上

自分ごとには、なれないものだ。

そう。

タイミングは誰かを意識することよりも

自分を意識することに他ならない。


レコードの針は中央で止まっていた。

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少し熱めのシャワーを浴びて腰にタオルを巻いた状態で内藤は浴室から出てきた。

冷蔵庫から冷えたハイネケンを取り出して流し込む。

「ふー。    さて、一踏ん張りするか。」

今日の部署紹介は自分らしいプレゼンができたと思っている。

吉田のできは良かったが、あいつはあいつのオーソドックスで若くて暑苦しいプレゼン。自分のスタイルではない。

自分のスタイルを貫く。

その先に、オリジナルのプレゼンがあるように思っていた。

『俺は俺。』

自分にしかできない伝え方を探そうと心に決めていた。

企業価値を2倍にすることは会社のトップ。社長の視座に立って物事を考えるべきだ。部長や役員では視座が低い。

自分が社長ならどうするか。

そこの視座に立たなければ意味がない。

本気でこの会社の企業価値を2倍にする施策はこの1年ずっと考えていた。

それは、内藤が通っているビジネススクールでの講義でも考える機会があったからだ。その時はケーススタディーとして某企業を想定して生徒同士でグループになって提案した内容だったが、今回は自社。気合が入る。

ビジネススクールでケーススタディをやる傍ら、もちろん、自社であればどうするべきかをずっと考えてきた。

今回の経験は、会社の代表でもないのに、代表の気持ちになって思考を進めていくこと。

内藤はとてつもない感動を覚えていた。

自社で使える資産、2倍にするために必要な調達額、そもそも何を実施すべきか。
国内なのか、海外なのか、どこにベットすべきか。
いつまでに2倍にすべきか。
実現可能性は高いのか。

内藤は時間軸と実現可能性、コストの観点から様々なアイデアを検証していた。

そして、一つの結論が経営統合だった。

『俺が社長なら、今すぐにでも業界5位のヴィンテージと手を組む。』

内藤はその資料をあらかた仕上げていたが、一つだけパーツがはまらないところを気にしていた。

それは、規模を2倍にしてもその後のシナジーが出せるかどうかの確信が持てないからだ。

個人での調査には当然限界がある。とはいえ、実現可能性はかなり高いと考えている。
しかし、成長性がヴィンテージと統合することでその後も加速して右肩上がりになるかどうかは不透明だ。

業界第4位の我が社フロンティアワールドと第5位のヴィンテージが経営統合すれば業界的には3位に食い込む。
ただ、それは3位になるという事実があるだけで、実質的な意味があるかどうかは別の話だ。

内藤は最後まで詰めきれぬまま、2倍にするという課題をプレゼンに落とし込んでいった。

『これで、他のメンバーに勝てるだろうか。。。』

一抹の不安は当たるものであることを、内藤は翌日に知るのだった。

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