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[ビジネス小説]未来へのプレゼン 第33話 敵と味方と

前回のお話

M&Aのハレーションは至る所に歪みを生んでいた。

顕在化するものもあれば、

いまだに潜伏していていつ出てくるのかわからない過去の案件など様々だが、一つ言えることは、フロンティアワールドにいた頃には自分たちに見えていない会社の実情がビズルートと一緒になることで浮き彫りになっていったこと。


業界5位と業界1位の実力の差

仕事の進め方

スピード感

根本的なクライアントとの接し方の違い

圧倒的なリソースの厚み


旧フロンティアワールドのメンバーの存在価値が保てるかどうかも怪しいものだった。


自分たちがこれまで培ってきた経験など瑣末なものであるとさえ思えてならない。


ビズルート社がフロンティアワールドをM&Aした理由も明らかになっていった。


フロンティアワールドから見れば、理念の実現のスピードアップだったかもしれないが、ビズルート社からすれば企業規模の増大。

ただそれだけだった。


したがって旧社の理念ほど邪魔なものはない。


いかにビズルート社に順応するかについて、ことあるごとに問われていった。


何人かの旧フロンティアワールドの社員は、その理不尽な処遇や対応に苛立ちと憤りを感じて退社して行った。


M&Aをしたビズルートからすれば当然の対応だった。


さまざまな企業のM&Aによって規模を拡大していったビズルートは最古参の社員がレジェンド的に役職者として生存しており、買収された企業の中から順応したものの中で頭角を表していくものが残っていく。

新たに買収された企業の社員は身のこなし方一つでどちらに転がるか分からないのが常だった。


そんな吉田が一番驚いたのは内藤の身のこなし方だった。

企画部に配属した吉田とは異なり、マーケティングに配属となった内藤はあっという間にその中で順応し、一番に上層部にとりいっていった。

他の課長達もそれぞれ別の部署へと配属され、フロンティアワールドのマーケティング部門は解散してビズルート社の各部署の歯車の一つとしてはまっていった。


慎吾は正直、内藤にがっかりしていた。

フロンティアで共に過ごしたことなど忘れてしまったかのように、まるでビズルート社の当初からのメンバーであるかの如く振舞っている。

とにかく順応性が高い内藤に嫌気がさすくらいだ。

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吉田はMIYABE.coでのプレゼンの際に会った、神宮寺まどか(企画部部長)の直属となった。

丸山執行役員の直属部隊の一員となったわけだ。


「吉田くん。これからは、企画部の一員としてよろしく頼むわよ。

この前のMIYABEさんの案件、当社のコンセプトで採用されたけど、

吉田くんの仕事は弊社が勝ち取ったコンセプトの実行担当として参加してもらいます。

期待してますよ。」


「・・・。」

慎吾は、つい数ヶ月前にコンペでお互いの企画を競い合った他社で、勝負に敗れ、採用された相手型の企画の一担当者としてその実現に向けて尽力する自分の置かれた立ち位置に心がついてきていなかった。

「吉田くん。返事が聞こえませんが。何か不服でしょうか?」

高圧的な物言いが神宮寺から発せられる。甘んじて今は受け止めるしかないことは慎吾も理解しているが、言葉にならない。


「わかりました・・・。」


まるで慎吾ではない別の誰かが話したかのように絞り出した。

ーーーーーーーーーーーー

慎吾はMIYABE.coの企画ファイルデータを神宮寺から受け取った。

受け取ったメールにある添付資料をクラウドからダウンロードして慎吾が驚愕する。


トータル300枚を超える企画書。

さらにそのappendix。

合わせると資料の枚数はゆうに500枚を超えていた。


『・・・。うちの5倍以上の企画書。

そして、この緻密で国内外にまたがるデータ。。。』


慎吾はビズルートが国内有数の企業たる所以を改めて実感した。

これだけの資料を用意するだけでも高いスキルを有するメンバーが揃っていることは容易に想像できた。

それでいて誰も疲弊した顔をしていない。

効率的に仕事をこなしていることの現れだった。

さらにこの企画書をまとめている神宮寺のリーダーシップとマネジメント力は今の慎吾では及ばないこともさらに自分の存在価値を引き下げていく。


慎吾は資料に目を通してさらに愕然とした。

資料のクオリティ、見た目、デザインなどは言うまでもなく

・シンプルでわかりやすいロジックと文字数

・本編スライドのキャッチーなコピー

・ワクワクするストーリー展開

・明確な根拠と数々のファクトデータ

どれをとっても文句のつけようがないものだった。

そして、この資料に命を吹き込んだのが丸山であることも

資料の至る所からビシビシと伝わってきた。


そして気づいたことが一つあった。


『そうか。。。丸山さんがやりたかったことは、

フロンティアでは到底できないことだったんだ。

あの人は・・・。

丸山さんは自分が描いたことをやるために

ビズルートに転職したんだ。

そして、丸山さんが転職してでもやりたかったことに

自分が参画できるという巡り合わせ。

俺は・・・

俺は、このプロジェクトを必ず成功させたい。

ちっぽけなプライドなんか捨てて

純粋に

フロンティアで丸山さんの部下になった時のように

丸山さんの元で思いっきり仕事に打ち込んでみたい。

時が経ったけど

あの頃に自分がやりたいと思えたことに

ちゃんとたどり着いたんだ!!

何がなんでも実現させる。

丸山さんの企画を実現させてやる。』


ーーーーーーーーー

資料に目を通しおえた慎吾は神宮寺の元へ向かった。

「神宮寺さん、資料拝見しました。

急ぎ、プロジェクトメンバーとミーティングをしたいのですが、

メンバーは誰でしょうか?また会議はいつ開催でしょうか?」


神宮寺は吉田の方を見ずにパソコンに目を落としながら吐き捨てるように言った。

「いないわよ。ゼロ。

コンペには勝ったけど、他にも案件が色々あってね。

だからメンバーは吉田くん一人だから、しっかりやってくださいね。

MIYABEさんを怒らせないようにね〜。

頼みますよ。」


慎吾は耳を疑った。

「・・・?どういう意味ですか?

もう3ヶ月前の案件ですよ?

なぜ誰も着手していないんですか?

クライアントにはなんて説明されているんですか?」


慎吾は攻めるように神宮寺に詰め寄った。


「あ〜〜〜〜〜。もう、うるさい。

M&Aの騒ぎでうちも色々あるんですよ。

優先順位ってもんがあるでしょう。優先順位。

MIYABEさんの所には今回のM&Aの件で若干開始が遅れることも連絡済みだし了承もいただいているから大丈夫よ。

ま、最後は優秀な吉田くんがなんとかしてくれるでしょうから、よろしく頼みますよ。」


ーーーーーーーーーーー

慎吾は怒りを覚えながら丸山のいる役員室へ向かった。

丸山が温めてきた案件が何一つ手付かずなことを知っているのだろうか?だとしてもなぜ放置しているのか?

頭を駆け巡る憶測で慎吾の怒りは丸山、神宮寺、内藤、ビズルートと多岐に及んだ。


ドアの前で深呼吸をしてノックした。

「企画部吉田です。よろしいでしょうか?」


ドアの向こうからいつもの声が響いてくる。


「ーどうぞ。」


聞き覚えのある丸山の声。


一瞬、目の前のドアがフロンティアのドアに見えた。


慎吾は一礼して役員室に入った。


「ようやく一緒に働けますね。吉田くん。」


丸山は落ち着いた変わらない物腰で話しかけてきた。


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「丸山さん、単刀直入に申し上げますが、MIYABEの件。何も進んでいないのはご存知ですか?」


慎吾がそのことを伝えにきたことを察していたかのように、おもむろに席を立って丸山は窓の外の眼下の街並みに目をやった。


「ええ。知ってますよ。」


その口調は無機質なものだった。


「吉田くん。この会社は大きい。

大きいからこそ色んなしがらみというものや義理と人情なども交錯する会社でしてね。

一個人の念いが通用するところとそうでないところがあるようです。

私も、フロンティアからここに来て学んだことがあるのですが、

それは本当の意味での社内政治の怖さです。」


丸山は変わらず街並みを行き交う他人同士のすれ違う様に目を落としながら淡々と話している。


「吉田くん。

正直に言いましょう。

私はこの会社では

本当の意味でまだ仲間がいません。

部下はいますが、部下たちは違う誰かを見ながら仕事をしています。

外から来た私には役員お役職はあっても実質的な権限が

別の力によって打ち消されているも同然です。

本当は、吉田くんにすぐにでも来てもらって一緒に事を進めたかったのです。

もちろん、そんなに簡単にいくはずもありませんでしたが。」


丸山は吉田のヘッドハントの話しを暗に取り出したものの、

今となっては些細な事であるかのように扱ってくれたのが慎吾にとって救いだった。


「改めて、吉田くん。

お話があります。

私と一緒に、ビズルートで闘ってくれませんか?」


丸山の深く厳格でそれでいて優しい言葉の響きに、慎吾は躊躇することなどあろうはずなかった。


「はい!」


丸山と吉田は久しぶりに腹の底から笑顔で向き合えた気がした。

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慎吾は嬉しかった。

その後、丸山から教えてもらったのは、フロンティアにいたマーケティングのメンバーにはすでにことの成り行きの話をしており、慎吾が一番最後だった。


内藤が率先してビズルートに馴染んでいることも合点がいった。


『みんな、なんだかんだ言ってこの場所で闘っているんだ。

・・・俺も。

俺もやってやる。。。』


慎吾はプロジェクトメンバーのアサインを始めた。


それは、丸山によって意図的に各部署に配属された、旧フロンティアメンバーへのアサインからスタートする反撃の狼煙だった。



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