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[ビジネス小説]未来へのプレゼン 第13話 それぞれの理由

部のメンバーへプレゼンノックへの参加を促す作戦会議を行った内藤と吉田。

時間軸とポジションを武器にして説得を試みる二人だったが・・・。

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「だから〜。スキルアップって言ったって、将来本当に使う〜?なくてもなんとでもなるんじゃないの?だってさぁ、あたしがスティーブ・ジョブズみたいにみんなの前で歩きながら話すなんて絶対ないでしょ〜。そんな社長になるみたいな出世欲もないし。」

早速佐々木課長がネガティブな反応を示した。

「はい。私も佐々木課長と同じく、今の仕事の内容に十分満足していますので。それにこれ以上の役職になった場合ですが、私は重責を担ってまでストレスを感じたくないので、現状維持でしっかりと仕事をこなせれれば良いかと考えております。」

冷静に土屋課長が答えた。

もちろん藤井課長も同様だった。

「私もこれから部長を目指すような器ではございませんので、そんなふうに言われてもピンとこないものですから。。。与えられた業務をしっかりとこなせればと思うので。」

内藤課長と臨んだこの会議に向けた作戦はあっさりとかわされる顛末となるように思われた。

せっかく昨日、内藤課長と一緒に一枚岩になれたのだから、この3人も加わってもらうべきだと慎吾は思った。なのにその念いはなかなか届かない。

「そもそもなんですが。皆さんはなぜこの会社で働くんですか?」

吉田がつぶやいた。

「フロンティアワールドで働く理由ってなんなんですか?

俺はこの会社がこれまで手掛けてきたPRに感動したことがきっかけです。東北の震災があった後で、東北へ行くきっかけになったのはJR東北の力強いメッセージでした。

『いくぜ!東北』

いつかそんなメッセージを自分たちの手で出してみたい。
打ちひしがれた日々の中であのメッセージですごく勇気づけられたんです。

そしてそれを製作したのがフロンティアワールドでした。

調べたら企業理念が

『未来への扉を開く』でした。

その時、俺思ったんですよ。

俺がそうであったように、誰かの未来への扉を自分たちの仕事で開きたい。

そう思ったんです。

だから目の前の自分が勝ち取ってくる案件の一つが、きっと誰かの未来への扉を開くことにつながるだろうと思ってやってます。」

慎吾の自己開示は少なからず個々人を入社時の志に引き戻した。

「俺はー」

内藤が話し始める。

「俺の場合は、最初はこの業界が華やかそうで自慢できるから入ったんだ。たださ。やっているうちに仕事にはまっていった感じかな。毎回新しいクライアントと新しい世界を創り上げるような感覚が性に合ったというか。
毎日ワクワクできる感覚なんだよな。
そりゃ、毎日毎日接待があったりするのは最初はキツかったけどさ。でもそうやって人と人とのつながりから新しい仕事になっていくことがなんだか自分を評価してくれているような気持ちになれて。
そうやって走ってきて、やっと理念の『未来への扉を開く』に自分が少しずつ腹落ちしてきた感じなんだよ。
佐々木はどうなん?」

「え?あたし?

・・・。

あたしはね。

あんたたちみたいに熱くるしいことなんか考えてないわよ・・・。

そもそもうちの親の紹介でこの会社に来たんだからそれほど思い入れがあるってわけじゃないんだし・・・。

それよりもね、

働いて、
稼いで、
旅行に行きたいのよ。

たくさん世界をみたいのよ。

だから・・・。

働くこと自体が目的というようなあんたたちと同じような思考回路じゃないのよね。」

佐々木課長の本音を慎吾は初めて聞いた。今の仕事には興味から動くというよりも、旅に行くためにこなすことになっているように感じた。

もちろん、あらゆるタスクをそつなくこなすことで存在価値を示し評価も高い。その源泉が旅行であることも悪いことではない。

でも少し寂しい気持ちになったのも事実だ。

それは当の本人である佐々木も自分の本音を口にして初めて湧いてきた感情だった。

虚無感。

内藤や吉田の純粋な仕事への真っ直ぐな向き合い方が羨ましく感じた。

「土屋は?」

内藤は次に土屋課長に目を送った。

「・・・私は。
もともと大学でも統計学を専攻してましたから、この会社に入ってデータ分析をする業務に従事させていただいたのがとても天職だと思ってやっています。

ですから何も不満はありません。

ただ・・・。

仕事ばかりでしたから、今年30歳になるのでそろそろ自分の好きな分析ばかりやるのではなくてもう少しプライベートも充実させなければとは考えているのですが。。。」

「ツッチー、大丈夫。あたしもう35だけど、全然大丈夫。」

佐々木課長が横から安心させるように言っているが土屋課長からしてみれば、『あなたに言われたくない』と思っているに違いないなと思いを巡らせながら慎吾は藤井課長の方を向いた。

藤井課長がその後を続ける。

「私の時はバブルの頃で大量採用された時代でした。花形の職業ですからとても誇らしくて。それからしばらくして結婚をして今は息子と娘がおりまして、子供たちも大学生と高校生ですから思春期でどうすればちゃんと向き合えるかな〜と考えています。無事大学へ進学させて卒業させてと考えています。ホント結婚して子育てすると色々あるんですよ。色々。

皆さんまだ若いから言っておきますが、50を過ぎると本当に色々。あっという間ですよ。あっという間。

それに、仕事だけじゃないんですよ。。。

色々起こりますからね。」


しばしの静寂…。

それぞれが
それぞれの理由で仕事をしている。

様々であるのが当たり前だ。

それでも慎吾は何か一緒にやり遂げるためには
ばらけた気持ちではいけないと漠然と思っていた。

普通であればお互いの理由など気にせず
粛々と働くものなんだろう。
お互いが自己開示しなくても
そんな面倒なことをしなくても
ビジネスは回るだろう。

どうすれば変わるだろうか…。

「みなさん。ありがとうございました。
それぞれ考えは違っていて当たり前です。
だから、プレゼンノックはもちろん自由参加ですから皆さんの意思で決めて欲しいのは変わりません。

ただ、俺の個人の気持ちとして…。

一緒に仕事をしていく仲間として…。

もっとお互いのことを知るべきだと思うんです。

佐々木さんの入社の話。知りませんでした。
土屋さんのプライベートへの思い、知りませんでした。
藤井さんの家族への思い。知りませんでした。

でも、もっと知ることでお互いで何か補完できるような、もっといい作品が作れるような。

もっといい仕事ができそうな気がするんです。

プレゼンノックやってて、無茶苦茶自分のことを話す機会をもらうんですけど、自分と無茶苦茶向き合うんですよ。

そこからさらに何を話すか絞り込んで削ぎ落としてプレゼンにするんです。

お互いを知れば知るほど得意なこと、不得意なことがわかって。。。

だからこそいいものが作れるように思うんです。

無理にとは言いませんが。。。

俺は・・・。

皆さんのことを知りたいです。

知った上で、無茶苦茶いい仕事したいです。

未来の扉を開く仕事・・・。

一緒にさせてください。」



「・・・。」


そのまま沈黙の時間が流れた。



「今日の就業後。気が向いたら。」

内藤は一言だけ残して吉田の肩をポンと叩いて会議室を一緒に出るよう促した。


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「さて、では始めようか。今日はおすすめ書籍だったね。」

慎吾は内藤課長と2人で会議室に座っていた。

丸山部長と内藤課長、そして自分を含めた昨日と変わらない、3人が座る会議室。


『なかなか相手を動かすってのは、難しいもんだな。。。』


慎吾は一人うなずきながら自分自身に心の中でつぶやいた。

内藤は目を閉じて腕を組んだままだ。


「じゃあ〜今日はーーー」

丸山部長が話しをしはじめた瞬間。


「ガチャリ。」


扉が開いた。

「すみません。あたしら、後ろで見学させてもらっていいですか?」

佐々木、土屋、藤井が会議室に入ってきた。


「お。お前たちも来たか。うむ。後ろで聞いていていいぞ。」

丸山部長は少し嬉しそうだ。

佐々木課長が小さくも少し明るめの声で話してきた。

「ありがとうございます〜。」

軽やかに佐々木課長の声が響いた。

その後に続いて土屋課長と藤井課長が小さく頭を下げて入ってきた。


慎吾は少し涙が出そうになった。

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後で聞いた話では、慎吾の話の後、佐々木課長、土屋課長、藤井課長の3人で話し合ったそうだ。

自分たちのことしか考えていなかったことに、恥ずかしさと情けなさと、若くて青臭い話をされて正直バカらしくも思えたけれど、それでいてその真っ直ぐさを蔑ろにしないでしっかりと自分たちが若い世代のためにできることをするべきだという結論になったらしい。


利己心ではなく利他心で動く。


プレゼンノックも自分のためではなく

チームのために。

会社のために。

そんな念いになったそうだ。

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「さて、どっちから始める?」

「はい!俺から!」

慎吾は真っ先に獲りにいく事を楽しいと思えてきた。

「私がオススメする3冊ですが、間違いなくここにいる皆さんが今まで一度も読んだことがない書籍です。
100%読んだことないはずです。
ですが、100%オススメする書籍です!!
このプレゼンの後で絶対読みたい!!と思ってAmazonでカートに入れることになるのをここで最初に断言しておきます!!
その本は・・・」

慎吾は自信を持って本の紹介へと話を進めた。

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