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何かできる、でも何もしない

休みの時期になると、いろんなことがしたくなる。
だいたいどれも長続きしないのが私の特徴である。
その原因は様々だが、忙しくなったり、他のことをしたりするうちにそれをしなくなることだろう。

だからこそ、毎回、今回こそはと思って行動するがうまくいかない。
というのはダメなのだろうか。

考えてみると面白い問題である。
継続することができれば一定の成果をあげることができる。
これは間違いない。

途中でやめていろんなことをしたらどうなるか。
中途半端にいろんなことができるだろう。

はたして、どちらが「良い」のだろうか。

なんとなくいろんなことをしていても、
「いろんなことを知っていますね」
という謎の言葉を言われることがある。
もちろん、それ以上は知らない。

だから、自分に合うものを探せば良いし、
それが合わなければさっさと辞めて他のことをする。
合うまで試しまくるというのも面白い。

例えば「試着」を考えればよい。
どの服が自分に合うのかを考えて、
あれこれと考えてみて試してみる。
合わなければ次の服である。
それを長く着る人もいれば、1回着ただけで着なくなる人もいる。
私はシンプルが良いと思っている。
だから服は少なくしたい、なんならほとんど同じでも良い。
しかも服を探すときは、自分の感覚を大事にしているので、
試着に時間をかけたくない。

じゃあ、試着をずっとするのと、すぐに買い物をするのと
どちらが良いのだろうか。

抽象的な問題で二択になると、
バイアスがかかるが、具体的な二択になると、
どちらも言えなくなる。
ということは、どちらも正解であり、どちらも不正解なのかもしれない。
いや答えを求める方がおかしいのかもしれない。
ただ、そこに「お金」というのが関わってきているのは、
変えられない事実である。
それがまた複雑に、面倒にしている。

しかし、そうした生活は実に「面白い」。

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