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ユーモアのある大人になりたい

すこし前に誕生日を迎え、三十八歳になった。
一年が過ぎるのは本当にあっという間だなとつくづく思う。

最近、両親のことを考える時間が増えていて、気を抜くとぼんやりと思いだしたりする。

両親が三十八歳のときもあったんだよなと、ふと思った。

父は今74歳。母は年女で、誕生日がくれば72歳だ。

そう考えると、わたしが4歳くらいのときに、母は38歳だったのだろう。

4歳のころの記憶はほとんど残っていない。うすらぼんやりとした幽霊のように、本当にあったできごとなのか、それとも夢や幻のようになかったかもわからないほどに、あやふやだ。

悔しかったとか、悲しかったとか、楽しかったとか。そういった感情を兼ね備えた思い出は、やや輪郭をはっきりと保っているように思う。

4歳とは断言できないのだけれど、わりと鮮明に覚えていることがある。
3歳年上の姉が、動物園に遠足に行った時のことだ。わたしはまだ幼稚園には通っていなかったので、3歳か4歳くらいのことだと思う。

姉は遠足自体は楽しみながらも、道中の観光バスでクルマ酔いしてしまいそうなことを憂うつそうにしながら、赤いリュックサックに遠足のしおりと母が作ってくれたお弁当、小さな水筒と、学校から配られたおやつの袋を詰めていた。

行ってきます、と言って姉は集団登校で小学校へと向かっていった。母と、その日は仕事が休みだった父とわたしとで「行ってらっしゃい」とお見送りした。

「さあさあ。ひろちゃんも準備せなあかんよ」姉が学校に行ったら、父と母がにわかにそわそわ、ばたばたし始めた。

「なんで?」わたしはいつもお絵かきしたり、洗濯物を干す母の手伝いをしていたように思う。何の準備をするかは、わからない。

「うちらも遠足に行くねんで」
ニヤッと笑った母の顔が、今でも思い出される。いつもの休みの日ならテレビを見たり、新聞を読んでいる父も、てきぱきとお出かけ用のシャツに着替えていた。

父と母はどんな話をしていたのか知らない。けれど、姉の遠足先とまったく同じ動物園に行くことに決めていた。

「お姉ちゃんもその動物園にいるんやろ? 一緒に行くん?」
「ううん。ばったり会ったらしゃあないけど、なるべく見つからへんように行こう。かくれんぼみたいにな。そのほうが、おもしろいやろ?」

父も母も、にやりと笑っていた。おねえちゃんが遠足に言ってる遊園地に、こっそりわたしたちも遊びに行くなんて。なんて面白いことを考えるんだろう。

父と母とわたしは、母が作ってくれた、姉とおんなじおかずが入ったお弁当と水筒を持って電車で動物園に向かった。たしか、京都にある動物園だった。

動物園でどんなふうに過ごしたかは、あんまり覚えていない。確か、お姉ちゃんからは隠れてこそこそしていたけれど、こうもりのオリの前だったか、どこかでばっちり目が合ってしまったような記憶がある。ただ、家に帰ってきてから「なんか似てる人いると思ったー!」と笑い長いっていた記憶もうっすらとある。姉にしてみれば、まさか家族が動物園にいてるとは思いもよらなかったのだろう。

両親は姉の様子をうかがうために遠足を見に行ったのかもしれない。今思うと、それもひとつの要因として考えられる。姉はバスに酔いやすい体質だったし、心配だったから様子を見に行ったのだとも考えられる。

けれども、父と母はふたりとも純粋に動物園が好きだった。ふたりでいった天王寺動物園の思い出話なんかを時々たのしそうに話していた。たぶん、両親ともに動物園に行きたかったのだろう。こっそり行っちゃおうか、とふたりのあいだで話がまとまったんだろうなとしか思えないのだ。

そして、わたしも「おねえちゃんが遠足で動物園に行くのがうらやましい」というそぶりをしていたにちがいない。わたしも動物園は好きな場所だし、行きたかったのだから。

父と母がこっそりと企画したのは、今の私と同じくらいの年齢だ。動物園に行きたいとむくれている妹のキゲンもよくなり、バス酔いが心配で遠足を心の底から楽しめずにいる姉の様子もちらりとうかがうことができる。そしてなにより、両親ともに動物園を楽しむことができる。

わたしが同じ立場だったら、こんなおもしろい企画をたてられるだろうか? 少し考えてみたけれど、たぶん、無理だろう。わたしには子供がいないので、同じような状況になることはない。想像の範囲でしかないけれど、たぶん、わたしには両親のような行動はできないだろうなと思う。

自分も歳を重ねていくなかで、父や母がとった行動を振り返ることも増えてきた。わたしの父と母はユーモアのある人たちだったことは間違いないと感じている。

わたしも、両親のように、ユーモアを持ちながら、大変な時でもダジャレなんか言い飛ばして進んでいけるような大人になりたいと願う。





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