見出し画像

カバンの中には、何が入っていたのだろう?

ここ最近、私の心を捕らえて離さないものがある。それは「カバン」だ。

はあ? と思われるかも知れないけれど、気になることがあったのだ。教訓もなにもない、ただの日常の話なのだけれど。

私の勤め先であるカフェは、交差点の一角にある。大通りから一本入った裏道で、さほど人通りが多いとは言えない。横断歩道は道路上に表示されているけれど、信号機が設置されているわけではない程度だ。

カフェは全面ガラス張りになっていて、店内から外の様子が良く見える。
月曜日のことだ。ランチタイムも終了して、ようやくひと段落着いて、ふと外の人通りはどうかな? と顔を上げてみた。すると、カフェの場所から交差点の対角線にあたる位置にカバンがひとつ、置いてあった。辺りに立っている人はいない。
「ねぇ、あそこにカバン置いてあるの、見えますか?」
私はすぐそばにいたアルバイトさんに聞いてみた。
「どこですか?」
「ほら、あの角のところに置いてあるやつ……」
「あ、ほんとですね。落し物? じゃないですよね?」
良かった。私だけが見えているわけじゃない。

そのカバンは、グレーの小振りのボストンバックといったところだ。
明らかに堂々と存在していて、忘れ物という感じでもない。電車の高架下で、ときおりタクシーの休憩所のようになっている。また、ほど近くに駐輪場があるのだけれど、日中の利用者はあまりいない。待ち合わせ場所としてもそぐわない場所だ。

店長に報告しても、「あー、なんか置いてあるね」とめんどくさそうだ。警察署が近くにあるから届けようか? という話にもなった。けれどもなんとなく「触るのが怖いよね」という話になり、とりあえずそのままにして様子を見てみようかということになった。

あのカバンの中には、何が入っているのだろう? なんだかとても気になって仕方ない。可能性のひとつに「ひったくり」が考えられた。ひったくりをした犯人が、もういらないとして適当に放り捨てたもの。
他の可能性としては「意図的に置いてある」というものだ。近隣にはマンションが林立しているため、ポスティングのチラシなどが入っているのかも知れない。ただ、その場合にはそのカバンに何度も近づく人がいるはずだ。しかし、観察を続けている限り、誰一人としてカバンには近づいていない。

……もしかして何か犯罪に関係するものが入っているのかも。ばらばらにされた身体の一部とか。
恐ろしい妄想が膨らむが、散歩中の犬たちは、まったくカバンへ関心を示すこともない。
……おそらくナマモノは入っていないだろう。

月曜日の営業を終えて、さあ帰ろうかという時間になってもカバンはぽつんと、そこにある。

「明日になってもまだあれば、警察に届ければいいんじゃない?」

店長はあまり関わらない方がいいんじゃない? という姿勢を崩さない。  

雨が降る様子もなかったし、とりあえず一晩置いといおこうか。明日出勤してまだ置いてあれば警察に届けようということになり帰宅することにした。

店を出て、カバンの近くまで駆け寄ってみた。中には、何かが入っているような気配がある。ぺちゃんこにつぶれているわけじゃあない。くたびれてボロボロという様子ではないけれど、「新品です!」といった輝きは放っていない。念のためにくんくんと鼻を動かしてみたけれど、変わった臭いも発していなかった。 

自宅に帰っても、なんだか気になっていた。奥歯に挟まってしまった野菜の繊維みたいに、なんだかスッキリしないのだ。夫にも話してみた。「持ち主の分からないカバンが、カフェから見える場所にずっとあるんだよね。なんか、気になるんだけど、そのまま置いてきたんだよ」夫はふうん、と相槌をうっただけで、対して気にならない様子だった。

翌朝、出社するとまだカバンはぽつんと置いてあった。

「よし、警察に届けに行こう」そう思っていた。けれど、その日の朝は忙しかった。電話がたくさんかかってきたり(営業の電話で、たいしたことのないものだった)開店準備などがあって、カバンのことを少し忘れていた。

カフェの開店時間が近づいてきたので、看板などを店の前にだそうした時。ふと交差点の先を見ると、カバンがなくなっていた。「ああ、誰かが警察に届けてくれたのか。良かった」単純にそう思っていた。

その日の営業はそれなりに忙しく、外の様子を見ている時間はなかった。アルバイトさんが急にお休みになったりして、思いのほか余裕もなかった。

そうして、またランチタイムが終わり、ようやく一息つけそうだと余裕が出た。顔をあげて、交差点の先を見ると、またそこにぽつんと置かれていたのだ。同じカバンが同じ場所に。警察に届けられていたわけじゃなかったようだ。気付かない間に誰かがその場所に戻したのだろう。

なんだかちょっと気味が悪かった。気になるけれど、触れないことにしておいた。辺りを歩いている人たちはカバンなんかには目もくれない。もしかしたら、見えていないのかと思うほどに。

水曜日の朝には、カバンはなくなっていた。巡回の警察官が「新年度になって、なにか変わりはないですか?」とお店に訪れたので「実は昨日までカバンがあそこにあって……」と告げた。警察官はすこし眉をひそめ「でも、いまはないですからねえ」と言って「また見つけたら教えてください」とメモすら取らずに帰っていった。

よくあることなのかもしれないけれど、なんだかちょっと気味が悪かった。あのカバンの中には何が入っていたのだろう? なあんにも気にせずさっさと警察に届ければよかったのかもしれない。

「不審物を見かけた際には駅員までお知らせください」という電車のアナウンスを聞くたびにちらりとあのカバンが頭の中をよぎるのだった。



最後まで読んでいただきまして、ありがとうござます。 スキやフォローしてくださると、とてもうれしいです。