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ムダだなんていってごめん

「前は、そんな資格取ってもムダだからやめときなって言われたから。そうかなって思ってちょっとあきらめてた」

夫にそう言われて、わたしは少し反省した。夫がやりたいと言っていたことに、ブレーキをかけさせてしまったんだな。申し訳ないことをした。

最近、夫の釣りに対する情熱が加速している。自称釣りバカだし、休みの日はもちろん、夜勤の仕事明けだろうと関係なく、海にも川にも、とにかく釣りに行っている。

スーパーの鮮魚コーナーは、くまなくチェック。魚の産地「〇〇産カマス」とかそういう表示を見ては「今はこの魚がこの地域で釣れている。ということは、あとどのくらいでこのあたりで釣れるかも」など計算している。今どこでどんな魚が釣れているかを調べるのが日課でもある。

そんな夫が、最近訴えてきたことがある。それは「小型船舶2級の免許を取りたい」というものだった。

小型船舶2級の免許を取りたいと訴えてきたのは、今回が初めてじゃあない。4、5年ほど前にも資格を取りたいと言っていた。

その当時、我が家は不安定だった。夫は長年勤めていた職場を体を壊したことで退職し、その後転職を繰り返していた。わたしも今の職場にアルバイトから社員になって少し経った頃だった。新しい仕事は忙しく、精神的な余裕はあまりなかった。

そんな時に、夫は釣りのために小型船舶2級の免許を取りたいと言い出した。釣り船に乗るだけでは飽き足らず、自分で船を操縦してまで釣りをしたいのか。わたしはちょっと呆れてしまって、「そんな免許必要? ムダじゃない?」と言ってしまったのだ。

夫自身、その小型船舶2級の免許を取ったところで頻繁に釣りに行けるわけじゃないし、免許取得にも10万円くらい必要だ。その後釣りに行くにも、船を借りたりしなくちゃいけないからそれなりにお金もかかる。お金ばっかりかかるし、どうかなと思いながらもわたしに相談した。しかし「そんな資格ムダじゃないか」と言われ、そうかもしれないと思いとどまっていた。

しかし、夫はずっと悩んでいた。ここ最近追求している釣りは、船に乗らないとできないのだという。手漕ぎの船を借りて、ぐいぐい沖まで漕いでいく、というのもいいのだけれど小舟は流される。オールを操作しながら釣りをするのは、思いのほか難しい。夫の釣り友人で小型船舶免許を持っている人がいるので、その人と予定を合わせて釣りに行ければと考えているらしいけれど、なかなか予定も合わない。

やっぱり自分で資格を取りたいなあと夫は思い、「小型船舶の免許を取ろうかな」と再度わたしに訴えてきた。

前に「やめとけば」と言ったのは覚えていた。けれど、今のわたしは「やりたいことがあるなら、やればいい」という考えだ。わたしだって、文章を書いたりしているし、何の役に立つかわからないシステマという格闘技を学んでいる。(実際に役に立つ場面には遭遇しないでほしいとも願っているが)

確かに資格の取得に10万近くかかり、そのあとの釣りにも船のレンタルやら何やらお金もかかる。しかし、夫は釣りにしか興味がなくて、それを我慢しながら生きていくのは楽しくないだろう。好きにすればいい、釣りに人生を捧げればいいじゃないかとわたしも考えられるようになった。

「いいんじゃない、資格でも何でも取れば?」とわたしが軽く言うと、夫はえっと驚いた。

「前に聞いたときは、ムダだって言われたから諦めてたのに。いいの?」

「うん、もう好きなことやりなよ。あと何年生きるかわからんし。わたしも好き勝手やってるでしょ」

わたしがそう言うと、夫は早速小型船舶免許の試験が受けられるスクールを調べて、話を聞きに行った。仕事がシフト制だから、いつ受講できるかがまだ確定していないけれど、申込書ももらってきていた。

前に「やりたい」と言われた時に、すぐ「やりなよ」と言ってあげられなかったことが申し訳ないと思う。夫のやりたいことを、わたしが止めてしまっていた。確かに実生活にはおそらく役に立たない資格だろう。けれど、夫の趣味を追求するには、必要になるらしい。

ムダだなんて言ってごめん。あなたに取ってはムダじゃなかったのに、わたしの考えを押し付けてしまった。数年遅れになってしまったことに「あの時やりなよ〜って、言えなくてごめん」と謝った。夫は「え? 何で? 今から取るからいいよ〜」と全然気にしていなそうだったけれど。ちょっと後悔しているわたしをよそに、夫はウキウキと釣りの計画を立てている。



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