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あれは、交通事故だった。

思い返せば、あれは交通事故だった。

高校時代に、どんな生活を送っていたか、夫と話していたときのことだ。わたしは「自転車通学のとき、車にぶつけられたな」ということをふと思い出した。

わたしは自宅から一番近い高校に自転車で通っていた。基本的にはバス通りをひたすらまっすぐ、15分くらい自転車を漕げば学校に到着した。

バス通りは歩道が広くとられている場所と、歩道が50センチくらいしかなくって、人が歩いていると全然進めない場所があった。裏道もあって、農作業用の田んぼ道のなかをぐいぐい進んでいくこともできた。けれど、田植えや稲刈りの時期とかは軽トラ優先で、あまり自転車で走るのは良しとされていなかった。

わたしは自転車に乗るのがすごく下手だった。ふらふらして、あんまりまっすぐには進めない。中学三年まで拒食症で、がりっがりに痩せていて、自転車どころか歩くのもふらふらしてた。大嫌いな中学校を卒業したところで、急に筋肉がつくわけでもない。とにかくふらふらと自転車を漕いで、毎日学校まで通っていた。

自転車は、基本的には車道を走らなくっちゃいけない。けれども、歩道が広く、歩いている人の邪魔にもならない場所は、歩道を走っていた。しかし、歩道に人がひとりでもいれば、すれ違うことすらできない場所では、車道を走るしかなかった。細い歩道は車道とは20センチくらいの段差があって、自転車ではひょいと飛び乗るようなことはできなかった。

びゅんびゅんと車がわたしの右側を走っていくのが怖かった。ふらふらしているから、どうしてもまっすぐ進めなくって、何度もひやりとしたことがあった。田植え・稲刈りではない時期は、できるだけ裏道を通っていたけれど、でもどうしても車道を走らなくっちゃいけない時期もあった。

その日も、わたしは自転車で車道を走っていた。長袖のシャツを着ていたので、すこし暑い時期だっただろうか。

車が走っているほうへ、グラつかないように、なるべく歩道ギリギリに走っていた。ペダルのはしっこが、時々歩道の段差に擦れているような、ざりざりっとした感覚が身体に感じていた。

そのとき、後ろからタクシーがびゅーんとわたしの自転車を追い越していった。と同時にバチンッと右腕に何かがぶつかった。痛いというより、びっくりして、何だったのかわからなかった。音が聞こえたようにも感じられたけれど、一瞬のことでなんだかわからなかった。わたしは、地面に足をつけて、自転車を漕がずにその場で止まった。するとタクシーの運転手は、少し速度を落としながら、窓を開けて「気をつけろ!!!」と、明らかにわたしに対して怒鳴りつけて、そしてスピードを出してそのまま行ってしまった。

なんとなく、右腕が痛かった。けれど、怒鳴りつけられたことがすごくショックで、「ああ、わたしは自転車の運転には向いていないんだなあ」としょんぼりしながら、自転車を漕いで帰った。

右腕は特に痛みもなかったし、家に着くころにはショックも和らいでいたので、すっかり忘れてしまった。

しかし、数日後お風呂上りに「え? ひろちゃん、腕にすごくあざができてるけど、ぶつけたん?」と、母親に聞かれた。わたしはとっさに「あれ? なんやろ? ぶつけたんかなあ~」ととぼけた。「タクシーと接触した」とは、言えなかった。なんとなく、確証がなかったし、怒鳴られたこともあって「たぶん私が悪かったんだ」と思い隠したかった。

母と姉はわたしの腕の内出血をまじまじと見ながら「こんなにぶつけてたら、覚えてそうやのになあ」と不思議そうだった。

そうして、内出血の後は少しづつ消えていったし、わたし自身、その出来事のことは忘れてしまっていた。

しかし、夫と話しているうちに「あれは、じつは交通事故だったんじゃないか?」という思いが湧いてきた。

というのも、夫は高校時代に「自転車部」という謎の部活に入っていた。毎日朝練と授業が終わってから、延々何十キロも隊列を組んで自転車で走っていたという。自転車部では、自動車との接触を特に注意していて「車道にはみ出し過ぎると、サイドミラーにぶつかることがあるから気をつけろ」というのが鉄則だったという。

サイドミラー? もしかしてわたしは、サイドミラーにぶつかったのかも。そう思って、夫に話したところ「それは、確実にタクシーにぶつけられてるでしょ」と、げらげら笑いながら指摘した。

もう二十年前の交通事故を、いまさら思い出した。たいしたケガもなかったし、どうこうしようとも思わない。わたしの自転車の運転がヘタクソなのは認めるけれど、なんとなく悔しい。このことがあった後、わたしは「自転車通学はあぶない」と思うようになり、片道40分くらいかけて歩いていくことになるのだけれど、それはまた、別のはなし。




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