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電車の中でのすごしかた。

毎日往復、二時間くらい電車に乗っていると、それはそれはいろんな人を見かける。

朝は、毎日同じ電車に乗って出かけるため、似たような出勤通学メンバーが多い。なんなら「あ、あの人髪切ったんだなー」とか「え! もう今日からコート着るの? あなた先週まで半そでだったのに」とか。話しかけることはないけれど、ほぼ毎日顔を合わせるためか知り合いのような感覚すらある。

しかし、帰りの電車はこうはいかない。
帰宅できる時間がばらばらなため、いつものメンバー、みたいなことはない。帰宅ラッシュ、ともいえない程度の混雑具合で、ときどきむしょうに気になる人に遭遇する。

九月のおわりころ、いつもより少し早く帰れた日があった。わたしの勤め先は、普通電車しかとまらない駅にある。帰宅時は、接続がうまくいかないらしく、三十分くらい普通電車に乗ってから急行に乗り換えることになる。

えっちらおっちら電車に揺られながら、つり革につかまってぼんやり立っていると、ななめ前の座席に座っているおじいさんが、ゴソゴソ動き出した。ちらりと時計に目をやったのち、ひざの上に載せていたポーチから何か取り出して、指先に当てていた。

なにしてるんだろう……?

あまりじろじろ見ては失礼かなと思うのだけれど、気になってしまい目を離せない。

おじいさんはどうやら指先に針を刺してすこし血を出しているようだ。その血液をなにやらスティック状の機械にあてている。

あ、血糖値を測定しているのかな。

おじいさんは同じ動作を二度繰り返したのち、血糖値を測定する機械はしまいこんだ。そして新たに油性マジックくらいの大きさの水色のスティックを取り出した。さっとフタを開けて、おじいさんは自身のズボンと上着のトレーナーのすきまに一瞬差し込んだのち、そのスティックをポーチに入れて、ファスナーを閉めた。

ものすごく手慣れていて、あっという間の出来事だった。おじいさんにとって、糖尿病のインシュリン注射はおそらく日常的で、あたりまえのことなのだろう。しかし、わたしにとってはちょっと衝撃的だった。

身内にも糖尿病でインシュリン注射をしている人はいる。しかし、あまり人前で行わないし、わたしは身内がインシュリン注射をしている場面をまじまじと見たことはない。

おじいさんはちらちらと腕時計を見ていたし、決まった時間に注射しないといけない(もしくは、気が済まない)のだろう。自分の身体に必要なのだから、だれかに見られているなどと気にしていないようだ。

おじいさんの一連の動きはスムーズで、あっという間に終わってしまった。おじいさんの右隣に座っていた人は、おじいさんが腕をうごかしていたため気にしていた様子だったが、左隣の人はずっとまぶたを閉じたままで、眠っている素振りだった。

電車の中でおこなうこととして、適しているかどうかは分からない。おじいさんにとっては、自身の健康を保つための行為であるし、人に迷惑をかけることもない、ともいえる。(電車が急ブレーキをかけた瞬間に注射してたらおじいさん自身は大丈夫か? などの心配はあるとしても) 

ただ、目の前で思いがけない光景がくりひろげられると、ただただ、見てしまうものだなと思いながら、乗換駅に着いたので電車を降りたのだった。



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