見出し画像

諸事情を抱えたおひな様

「おひな様、処分しようと思ってるんやけど良いかな?」

この話が出たのは、昨年の夏の終わりごろ。父が亡くなって半年が過ぎ、実家にある父の物を少しずつ片付け始めている最中だった。

ひな人形は、桃の節句にかざるものだし、父の不在はまったく関係ない。しかし、わたしの実家でひな人形を飾るとき、いつも父の力が必要だった。

実家にあるひな人形は7段飾りの大きなものだ。姉が生まれた際に、母方の祖父母からお祝いとして送られてきた。ひとりでは抱えられないほどの大きなダンボール箱3つに、おひな様のアイテムがぎっしり詰まっている。

ダンボール箱はタンスの上にどかんと置かれていて「地震が来たら落ちてくるなあ」と言いながらも他に置き場所がないためもう40年ちかくその場所に鎮座している。

毎年、ひな飾りのためには、タンスの上からダンボールをおろさなくちゃいけない。またその一連の動きとして、片付けるときにはタンスの上にダンボールを乗せなくちゃいけない。

小柄でひざを痛めている母と、やっぱり小柄な姉のふたりではダンボールをタンスの上からおろすことすら難しい。

おひな様とお内裏様だけを残しておこうか、という話もした。おひな様の嫁入り道具を処分してしまって、質素な結婚スタイルも悪くないだろうけれど、おひな様としては「え、もう40年もわたしの道具だったのに。勝手にばらばらに処分しないでよ」と、怒られそうだよね、という結論になった。

おひな様は人形ではあるけれど、やっぱりおひな様の持ち物はおひな様の持ち物だ。三人官女はおひな様の身の回りを整えるためについてきてる。随臣(ずいじん)と呼ばれている左大臣と右大臣はSPというか警護係だし、五人囃子は笛やら太鼓やらでお祝いに花を咲かせる係である。

しかし、七段飾りには、もう三体の人形がいる。仕丁(しちょう・じちょう)と呼ばれていて、泣いているもの、笑っているもの、怒っているものがいる。この人たちは、いったい何の係なんだろう? 童謡の「ひなまつり」の歌詞には登場しない。

実家の三人組は掃除道具などを持っていた。お祝いの席で庭掃除はおそらくすませているはずだけれど。ただ、地域によって持っているものは違っているそうだ。

結婚式で鳴いたり怒ったりけんかしているのはちょっと困るよね……という話になった。お内裏様に付いている者、という認識もあるらしいけれど、お内裏様も目の前で鳴いたり怒ったりしてる従者に戸惑うだろう。「ごめん、いまだけちょっと我慢してくれない? 終わったら、帰っていいから」などと、その場をおさめるしかない。

七段飾りには必要だと思っていたけれど、五段飾りだと仕丁はリストラされていることもあり、三段飾りだとスペースの問題もあってそもそも雇われていないようだ。

ちなみに本来の仕丁の役割とは以下のようなものらしい。

仕丁とは
徭役(ようえき)といって君主が必要性から住民を無報酬で働かせることの一種でした。大化改新後の律令制では,1里50戸につき2人,中央官庁などに3年交代で雑役夫として勤務しますが,食糧など一切は故郷の負担であったためかなりの負担となり評判はよくありませんでした。 地方からの労働者として宮廷の雑役係りをしていたのです。そんな事情もあって喜怒哀楽の感情が表現されているのでしょうか。ひな飾りの中では唯一庶民出身の白衣を着た三人一組。      ひな祭り文化普及協會のHPより抜粋

あ、けっこう闇が深い(というか、制度として問題あり)三人なんですね……。早く解放してあげたほうが良さそう。

わが家のおひな様ご一行は、引き取ってもらうことに決まっている。ただ、タンスの上から段ボールをおろすのが母と姉だけではできず、わたしが帰省した時もなんやかんやと法事がある。おひな様ご一行が実家から旅立つには、まだまだ時間がかかりそうだ。



最後まで読んでいただきまして、ありがとうござます。 スキやフォローしてくださると、とてもうれしいです。