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甘ったるいアメリカ土産は、ちょっぴりさみしい味がする。

「ひさしぶりぃ。元気にやってるう?」
一年ぶりくらいだろうか? カフェの近くに住んでいるマダムが来店された。

七十代で、杖をついて歩いていらっしゃるのたがら、もうおばあちゃんとお呼びしても良いのかもしれない。だけれど、独特なおしゃれをして、お出かけ好きな彼女は、おばあちゃんというよりは敬意を表してマダムと呼びたいのだ。

「わたしはさぁ、もう大変だったのよぉ。ひざを痛めたら今度は股関節でしょ? 人工関節の手術までして、あちこちぼろぼろ。挙げ句の果てには静脈瘤までできちゃったけど、これは手術するほどじゃあないのよ。でもみてほら! 足首、太さが全然違うでしょう? むくんじゃってさあ、だるいのなんのって……」

昨年の夏ごろ、わたしが勤めているカフェにマダムは毎日やってきていた。11時の開店にあわせてすぐにコーヒーを飲み、ランチパスタを食べる。そのあといったんお出かけされて、15時くらいに甘い飲み物とおしゃべりを楽しみにやってきていた。

ランチタイムを過ぎると、カフェはかなりひまになる。時間つぶしの営業マンだとか、子どもが帰ってくる前の一時間だけしゃべり倒すママ友たちがちらほら来店する程度だ。こうした店員がヒマな時間に、マダムはやってきて「ちょっとあなたも座りなさいよ」とわたしを呼び止めてはマダムの生い立ちやら苦労話しやら、若いころにかなり悪いこともした話なんかを延々と話しだす。

めんどくさい気持ちもあるけれど、マダムの人生はかなり波瀾万丈だ。小説のネタになるかもとおもい真剣に聞いていると「そんなこと起きる? さすがに小説のネタにはしにくい……」という展開が多々ある。もちろん、盛っている部分もあるだろうとは思う。けれど、話半分に聞いたとしても、いろんなことを経験されている。

マダムには二人の娘がいる。ひとりは日本にいるけれど、もうひとりはアメリカで暮らしているという。旦那さまは米軍の幹部らしく、なにやら大変な業務についているらしい。

マダムの楽しみは、そのアメリカの娘夫婦の家に遊びにいくことだった。
「あっちはさあ、カラッとしてて過ごしやすいのよぉ。ひざも腰も、全然楽よ。日本は湿気っぽいからさあ、ほんと身体に合わないわ」

そう言いながら、カリフォルニアにお住まいである娘さん夫婦の家に遊びに行った写真を延々と見せてくれる。あっちの美容師さんは腕がいいとか、サービスでネイルを塗ってくれるからいつもチップをはずむとか。同じ話を繰り返して話してくれるため、内容を覚えてしまうほどだ。

「九月の終わりまであっち行ってたの。でもさあ、日本についたとたんに台風だっていってさ。ぜーんぜんタクシーもこないし。かといって電車なんか乗りたくないでしょう? こっちは歩くのもやっとなんだし」
嫌んなっちゃうわと言いながら、髪にやる指先にはキレイな赤いネイルが塗られていた。

「これ、おみやげ。スーパーで安く売ってたから、たーくさん買って配ってるの。みんなで食べて。ケンカしないで、分けてね」
マダムはそう言って、おかしがたっぷりと入ったビニール袋を、ポンとわたしに手渡してくれた。

年に三度か四度もアメリカに行くのは大変じゃない? 環境もいいならいっそのこと一緒には暮らせないんですか? マダムにこんな風に聞いたことがある。するとマダムはこういった。

「たまーに日本のおやつをもっていく、おこづかいをくれるおばあちゃんだからいいのよ。一緒に住むとなると、いろいろ申請が必要でしょう? アメリカで暮らすことになるんだから……。面倒だし。それに、こうしてひとりで好き勝手にくらしている時間が長いと、ひとりでいるほうが気楽に感じることも多いのよねえ。まあ、マンションで孤独死になるでしょうけど、それはもう、しかたないでしょう。日本に住んでる娘のところには、娘の旦那と気が合わないし! 一緒に住むなんて絶対いや。ストレスだらけ」

そういったあとマダムはすこしさみしそうな顔をしながら、スマホに保存されているアメリカでの思い出を眺めていた。

マダムがくれたアメリカ土産は、チョコレート菓子だった。「アーモンドが入っているからね」とだけ聞いていたけれど、食べてみるとチョコレートの半分にはココナッツ粉末が入っていて、半分にはアーモンドがひとつぶごろりと入っていた。飲み物がないと喉が詰まってしまいそうなほどに甘ったるいチョコレート菓子だった。けれど、マダムがスマホを眺めていた時の表情を思い出すと、さみしくて、少ししょっぱく感じられた。




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