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ひとこと書くときに、思い浮かぶ顔。

年賀状をようやく書き終えて、ポストに投函した。

出すからには元日に届くようにしたいので、出せる年は25日までに投函するようにしている。

正直なところ、年賀状は出さなくてもいいような気もする。あけましておめでとう、というだけならSNSで言えばいいのかもしれない。一度で済ませられるし、手っ取り早い。

とはいえ「はい、やめます」というわけにもいかない。今はもう退職しているけれど、わたしの父親は郵便局で勤めていた。そしてわたし自身数年だけれど郵便局で働いていた。郵便課ではなく、保険課だったけれど窓口で年賀状を販売したこともある。

年賀状作りに力を入れていたこともある。木彫りの図版や消しゴムハンコを作って版画を作っていたこともある。楽しかったし、作り甲斐もあった。年末の歌番組の放送を流しながらゴム版を彫っていた。

今ではなかなか時間もとれないし、以前に比べるとずいぶんと手抜きの年賀状になってしまっている。時間があれば宛名は筆ペンで書くようにしている。けれども筆ペンで書いた宛名がなかなか乾かず、机の上に広げていると猫の襲撃にあう。あわただしく片付けなくちゃいけなくて、宛名書きすらもままならない。

今年はすでに絵柄がプリントされた年賀状を購入した。年賀状だけのつながりの人もいるため、ちょっとしたメッセージを書くようにしている。ご無沙汰しておりますがお元気ですか? とか、今年はお会いしたいですね、とか。

何も書かずに送ってしまってもかまわないのだろう。社交辞令みたいなひとことなんて、意味がないかもしれない。けれど、ひとことでも手書きのメッセージを書くときに、受け取る相手の顔が浮かぶ。

実際には、もう会う機会がない人もいるだろう。けれど、年に一度相手を思い出す時間が年賀状には込められているのかもしれない。

#日記
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#年賀状




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