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胃カメラとヘビ使い

「じゃあ、9月1日。予約入れときますね」

年に一度、胃の検査を行っている。今年も、その時がやってきた。

私は「鳥肌胃炎(とりはだいえん)」という、ちょっとふざけた胃炎を発症している。もっとも、この症状は最近続けて書いている摂食障害が原因というわけではない。ピロリ菌に感染していたことが、三年前の人間ドックで判明し、その時に鳥肌胃炎だということも告げられた。

鳥肌胃炎とは 胃に起きる慢性のリンパ濾胞の増生を伴う炎症のことである。ピロリ菌の感染により起こることが多いとされている。また女性ホルモンの影響もあり、男女に差があるという報告がある。(wikipedia参照)

ピロリ菌は投薬治療によって無事に駆除できた。しかし、ピロリ菌がいなくても、鳥肌胃炎の状態は続いている。ピロリ菌が原因であるとされているため悪化はしにくい。けれど、絶対に悪化しないとはいいきれない。鳥肌胃炎は悪化すると胃がんへと進行することも分かっているため、年に一度検査しましょう、という訳なのだ。

毎年恒例の行事だとはいえ、毎年必ず憂鬱になる。

カレンダーにかき込まれた「胃カメラ・8時10分に病院」とかかれた予定がうらめしい。もっとも書いたのは私自身なのだけれど。

前日の夜9時以降は食事をしてはいけないけれど、これは普段も食べていないし、大きな問題じゃない。お水は一応当日の朝7時までは飲んでも良いと言われていたけれど、それすらも控えめに。いつもの習慣でお風呂上がりに乳酸菌飲料に手をのばしていて、ふとわれに返る。習慣とは恐ろしい……。

起きていてもソワソワするだけなので、早々に布団に入る。枕元に置いてある本を読んでいるうちに、週末の疲れもあってあっという間に眠ってしまった。

9月1日。胃カメラ当日。6時半に起床し、朝の支度をおこなう。お水を一杯飲もうか迷うけれど、一応我慢。飲んでも良いとは言われているけれど、なんとなく、いつも飲めない。

ちょうど夫が自宅にいたため、病院まで車で送ってもらう。普段は9時開院の病院なのだけれど、開院前に胃カメラ検査を行ってくれる。先生も看護師さんも早起きで大変だなあと思いながら、誰もおらず、薄暗い待合室でぼんやりとする。

「どうぞこちらへ」と呼ばれ、胃カメラの検査室へ。ああ、これからはじまるかと思うと憂鬱でならない……。

まずは血圧を測定。103の62。「全然緊張していませんね」とにこやかに言われるけれど、もともと血圧が低い。普段は90の55とか……。あんまり変わらないか……。

次に、喉の麻酔。はっきり言って、胃カメラの検査はこれにすべてがかかっている。喉の奥に麻酔が効いていないと辛い。胃の粘膜を保護するというとろみのある液体を大さじ一杯ほど飲む。そのあとに、麻酔。水飴みたいにとろりとしたジェル状の液体。スプーン一杯を舌の下に乗せられる。その姿勢で5分待つ。徐々に舌先が痺れてくる感じがする。飲み込まないようにと言われているので、出てくる唾液だけをどうにか飲み、麻酔本体は飲まないように気をつける。ただ、喉の奥にも麻酔を効かせたいのだけれど、上を向くのもちょっと辛い。なんせ、ごくんと飲み込めない。上を向くと飲み込みたくなってしまうため、なんとももどかしい。

あれやこれや葛藤していると、あっという間に五分経過。ああ、喉の奥まで麻酔が効いていないような気がする……。看護師さんの説明では、口の手前に麻酔薬を入れているだけで、口から喉にかけて麻酔は効いています、とのことなのだけれど……。

左の耳を枕につけて、ベッドに横たわる。「直前に、胃の動きをとめる注射を右肩に行いますね」といわれ、ああ、そう言えば痛い痛い注射もあるんだったと、思い出す。胃カメラがイヤすぎて、筋肉注射のことはいつも忘れてしまう。この注射が結構痛いのだけれど、目前に迫った更にイヤな出来事に心が奪われているため、もうそれどころじゃない。

口に硬いマウスピースを咥えさせられ、メンディングテープにて固定。何があっても口を閉じることはない。「あごの力を抜いて、ダラーンとしてくださいね」と言われるけれど、無理だ。よだれは飲み込めないので垂れ流し。うう、辛い。

「じゃあ、はじめます」マスクをつけた先生が、胃カメラの管を手に取る。小さな病院のため、おそらく最新機器というわけにはいかないのだろう。口に入れるタイプの内視鏡だ。(世の中には鼻の穴から入れるタイプの内視鏡もある。)簡単に言えば、風呂場にあるシャワーのホースくらいの管を口の中に突っ込まれる。苦しい以外に何もない。検査じゃなければ拷問だといっても、過言ではない。

一番はじめが、一番つらい。とにかく、異物が喉をぐいぐい入ってくるので苦しいし、吐き出したい。もっと麻酔効かせてくれても良いんじゃないのといつも思う。ぐええぐええと、涙を流しながら「はーい、ここだけ頑張りましょう!」と看護師さんにも先生にも励まされる。いや、分かってますよ。ここでジタバタするのが一番しんどいってことは。でも、生理的反射だから、無理ですよ……。とにかく、力を抜いて、「わたしは泥人形。どこにも力は入りません」くらいの思い込みをもって、なんとか喉の苦しいところを通過。食道など、あちこち体の中を、内視鏡の管が動き回る。一番辛いところを過ぎていても、やっぱりあちこち動いたり、回転させたりと体の中を異物が動き回っているのが感じられて辛い。

胃に意識を集中してしまうと、動きを敏感に感じてしまって、気持ちわるくなる。そのため、ところどころで意識を分散させたり、呼吸だけに集中する。鼻から吸って、鼻から大きく吐き出す。呼吸だけに集中していると、以外と他の感覚がシャットアウトされるため、胃カメラがぐるぐる動いていても、気にならなくなってくる。

途中で、「胃カメラの管がヘビみたい。長さといい、太さといい。」などと考えたりもする。胃の内視鏡検査は、じつはヘビが検査してくれてるんだと思い込んだりする。私の胃の中をヘビがのたうち回っている。先生はヘビ使いだと思うと、ちょっとおもしろい。

時々、胃の細胞を採取されるため、胃の中がグンッとひっぱられる感覚がある。痛くはないのだけれど、奇妙な感じだ。ヘビに噛みつかれているんだと思って、やり過ごす。それにしても8カ所もとられるなんて。何か問題あるのだろうか? 無理矢理ちぎっているようなものなので、出血を止めるための水をかける作業もある。局所的に胃の中へと水が注がれ、冷たい感じもする。

先生が、何か話しかけてくるけれど、マスクをつけているため何を言っているのか全然分からない。「息を止めてください」って言ったのかな? と思っていたら突然ビカァッツとまぶしくなった。内視鏡が抜き出されたのだ。どうやら「(まぶしいから)目を閉じてください」と言っていたらしい。

「お疲れ様でした! お上手でしたね!」と、なぜか褒められる。途中で暴れたりしなかったからだろうか? ダラダラと流れた唾液を拭って、顔を洗い口をゆすぐ。

「待合室でお待ちください」といわれ、検査室から出る。待合室はすっかりと電灯がついていて、10人ぐらいの患者が座っていた。時計を見ると8時55分。開院5分前だった。

待合室のソファで、さっきまで胃カメラ(またはヘビ)が入っていた腹の辺りをぼんやりとさする。喉の奥が何となく痛いような気もする。朝からもう、ぐったりした気分だ。

診察室に呼ばれ、食道や胃などの状態を、撮影されたばかりの写真で見せてもらう。「鳥肌胃炎は昨年とほぼ変わらない状態ですね。引き続き様子を見ましょう」と、まったく嬉しくないお墨付きをいただく。鳥肌胃炎は、5年とか10年くらいの単位で少しづつよくなることもあるらしい。現状維持でも有りがたい。ほかに赤くただれている箇所などがいくつか見つかったのと、再度ピロリ菌に感染していないかの確認のため8カ所の胃の細胞を生体検査に出します、とのことだった。

胃カメラとは別に、普段飲んでいるアレルギーの薬を処方してもらい、終了。一万円程度の支払いを済ませ、病院を後にした。

のどが渇いているけれど、胃カメラ後もすぐにはお水を飲めない。麻酔が効いているため胃カメラ終了後、二時間は飲み食い禁止だ。あまり、真夏の暑い時期に胃カメラ検査を行うと脱水症状になるかもしれない。胃カメラに適した季節なんてないとは思うけれど……。

鳥肌胃炎が完治するまでは、毎年必ず胃カメラを行ってくださいと言われている。また一年後、体の中をグルグルとのたうちまわるヘビと、ヘビ使いにお世話になるのかと思うと、ため息が出る。せめて、もう少し細身のヘビなら楽なのかもしれない。



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