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ワーゲンバスの車窓から

私の勤め先のワンダフルディカフェには、ワーゲンバスが置いてある。置いてある、というよりむしろカフェの店内にどーんと鎮座していて、ワーゲンバスをぐるりと囲むようにして、席が設けられている。ワーゲンバスが主役なのだ。

はじめは、邪魔で邪魔で仕方がなかった。視界は遮られるし、あちこち出っぱっていて、ぶつかってアザもできる。しかもちょっと汚くて「キャンプ気分になりますね!」と喜んでいるお客様に申し訳ない気持ちだった。

病院帰りに立ち寄った年配の女性には「クルマ屋さんかと思っていたけど、違うのね?」と何度も質問されたり、「なんだか落ち着かないわね」と、不満げに言われることもある。

逆に年配の男性にはそれなりに人気もある。「ぼくも昔、こういうのに乗ってたんだよなあ」と懐かしそうに車体を見つめる。社長を呼んでくると、お客様とひとしきりクルマの話で盛り上がっている。フォルクスワーゲンではないが、アンティークカーを所持している、所持していたなどキャッキャと楽しそうだ。

もうかれこれ六年近く、ワーゲンバスに接しているため、当たり前のように考えていたけれど、多分感覚がマヒしているのだろう。
「1958年式フォルクスワーゲンスタンダードマイクロバス」通称タイプ2と呼ばれている車種らしい。カフェのアイコン的な存在なのだから、もっと興味を持ってあれこれ知識を得た方が良いのかもしれないけれど、第一印象が「邪魔だなー」だったせいか、もっと詳しくなろうという気持ちは湧いてこない。

もともと店長の所有物で、今でもお店の夏休みなんかにはワーゲンバスをカフェから出して、キャンプに出かけたりもしている。お飾りではなく現役で活躍するワーゲンバスがカフェの店内にあり、しかも車内は客席として利用している。

文字にするとイマイチ伝わりづらい。な、何を言ってるかわからねーと思いが、ありのままに話すぜと、ちょっとしたポルナレフ状態だ。正確に言うと今起こったことじゃなくて、もうずーっと前からこの状態なのだけれど。

来店されるお客様には好評だったり、不評だったり、評価は分かれている。お子様人気が割と高いので、若干好評が優勢かもしれない。インスタ映えはしそうだけれど、店内がごちゃごちゃしていることもあり、あまり写真映えしない。

ただ、スタッフの間では、このワーゲンバスは不評である。形はかわいいし、道を走っている分には何も問題ない。けれど、店内の真ん中にどーんと置いてある。……邪魔なのだ。キッチンから客席の様子がほとんど分からない。そのため、クルマの端からチラチラと顔を出して、様子を伺わなきゃいけない。明らかに不審者だ。導線も決して良いとは言えない。
邪魔だなー、邪魔だなーと思いながら毎日過ごしているが、二年に一度、視界がサアッと広がる瞬間がある。

車検の日だ。

今日から二、三日の間、ワーゲンバスは車検に出される。現役で走っている車なので避けて通ることはできない。

ワーゲンバスが出ていった店内はがらんとして、寂しく感じられるほどだ。広々として、視界もクリア。腕や足をぶつけて内出血を起こすこともない。空調の効きもいい。
しかし、いなくなるとちょっと寂しい。普段は店内にある鉄の塊を散々邪魔だと思っているのに、数日間いなくなると分かると、妙に寂しい気持ちになる。初対面では最悪の印象だったのに、ちょっとずつ気持ちが変わって、いつの間にか好きになってしまっているのかも知れない。少女マンガに良くあるパターン。

店内は今広々として、解放感に溢れている。掃除もしやすい。空調の効きも良い。けれど、どこか寂しく感じてしまうのだ。だけど、さびしい、なんて言っている間にワーゲンバスはのうのうと車検から戻ってきて、またカフェの中に居座るのだろう。

お客様にとってはワーゲンバスがあるカフェとして非日常感を味わってもらっているのだけれど、スタッフの一人としては、ワーゲンバスが車検に出かけてる数日が非日常的なのだった。


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