見出し画像

流す涙の意味は変わって

もっとしんみりとした気持ちになるかと思っていたのに。流した涙は意外にも、大笑いのはてに流れた涙だった。

父がさっさとこの世を去って一年が経過した。

ただ、父の名残のようなものが実家にはたくさん残されているので、一年という節目でまた母は悲しみに沈んでしまうかもしれないなと、心配もしていた。

しかし、一周忌の法要は、想像していた以上に混乱を極めていた。姉がなんども笑いを堪えているのがわかったし、私自身なんども俯いて、できる限り平静に努めた。

自宅にお坊さんをお招きして、お仏壇にお経を読んでもらうだけの一周忌法要。親族を呼ぶこともなく、静かにすませた。

お坊さんは父の葬儀の時からお世話になっている。毎月、命日にお経をあげに来てもらっている、いわば顔なじみのお坊さんだ。

ただ、このお坊さんがお話しされることと、我が家の笑いのツボが絶妙にマッチしてしまうのが難点でもある。葬儀の時ですら、読経の後に説法で「この話の展開、どこにたどり着くんやろう……? 迷子になってない?」と、聞いている途中で何度か心配になることがあった。四十九日法要の説法も、「?」と思いながら静かに聞いていた。

一周忌の法要が終わり、お坊さんの説法が始まった。今回は「縁について」というテーマだったのだけれど、その説法はやっぱり迷子になっているように感じられた。

私の実家の苗字に親しみを感じている、というところから話は始まった。お坊さんとしての修行の同期で、仲良くしていた人と同じ苗字なのだという。ただ、その後、その同期のお坊さんのプライベートな話がどんどん始まってしまって、説法というか修行時代の思い出話が次々と繰り広げられていった。(一緒にマラソンをした、とか。その人は三人姉妹の真ん中のお嬢さんと結婚された、とか)

数分の間に、見ず知らずの、今は北海道にいらっしゃる同じ苗字の人の半生を教えてもらうことになり、私も姉も複雑な気持ちだった。途中で「笑ってはいけない、一周忌法要」というフレーズが頭をよぎり「ここで笑ったらアウトや」と、とにかく笑いを堪えるしかなかった。

***

法要が終えたその日の夕飯の席で、姉がたまらずに「今日のお坊さんの話、一体なんやったん?」と切り出した。いや、私もそう思っていた。途中で思い出したかのように追加される思い出エピソードは「縁」からどんどん遠ざかっていた。お話しされているお坊さん自体はとにかく真面目な方なので、ツッコミ待ち、とかユーモアを交えて、ということでもない。ただ、どんどん話が思いもよらない展開に進んでいた。

「あのエピソードいる?」と、振り返って姉が突っ込み続ける。聞いていた時に堪えていた笑いが蘇ってきて、母も、姉も、私もがとにかく笑い転げた。涙を流すほどに、笑い続けた。

一年前には、まばたきするたびに、ポタリと悲しみの涙をこぼしていたのに。その一年後にはゲラゲラとお腹を抱えて涙を流すほどに笑ってるなんて。思いもよらなかった。

「説法はあんまりよくわからなかったけれど、こうして笑いをもたらしてくれるから、いいお坊さんやな」と三人で頷きあった。


最後まで読んでいただきまして、ありがとうござます。 スキやフォローしてくださると、とてもうれしいです。