DAZZLE『Touch the Dark』/私の人生を変えた舞台作品
いつかと思い続けながらずっと手つかずだったことについてようやく書きます。
私の人生を変えた舞台作品
DAZZLE『Touch the Dark』
忘れもしない。あれは2017年8月26日のことでした。
都内某所。21時10分前。廃病院の前。
私は21時からの公演のために友人を待っていました。
最初に断っておきますが、私はホラーもお化けも大の苦手です。
ディズニーランドのホーンテッドマンションもできれば遠慮したいくらい。
そんな私がなぜ! 21時に! 廃病院に!
今考えてもなんで行ったのか説明できません(笑。
スピリチュアルなものはそんなに信じていないけれど、あれだけは運命のいたずらだったんじゃないかと思っています。
だってサイトを見てください。こんなのホラー苦手だったら絶対怖いじゃないですか…。
ホラーは苦手、しかも舞台作品を観るのもほぼ初めてという私がなぜあの時『Touch the Dark』を観に行ったのか。単純に、冒頭に待ち合わせしていた友人に誘われたからなのですが。
すごい人たちがいるから一度は見たほうがいいと友人が誘ってくれたのがダンスカンパニーDAZZLEであり、『Touch the Dark』でした。ダンスで物語を紡ぐ人たちの作品。
ホラーは絶対に嫌だとごねたものの、最初で最後でいいからといつになく熱心な友人の説得に負け、この際一度きりなら、と、各公演5枚しかないプレミアムチケットを取りました。我ながら随分と思い切った決断だった。
結果。この友人に一生頭が上がらないくらい衝撃的な出会いをすることになりました。
前置きが長くなりましたが、その時のことを。
STORY(公式サイトより転載)
その病院は、
おかしなところが何もなかった。
入っていった者より、
出て来た者の数が少ない?
病院は人生の終着駅になることもある。
患者の死に抗う、誠実な院長がいた。
あらゆる治療を施し、
命を守るためには手段を選ばなかった。
必ず助ける。
仮に肉体が温もりを失ったとしても、
彼は決してあきらめなかった。
まだ、救う方法があるはずだ。
彼女が目を覚ますための、方法が。
このように、この病院には、
おかしなところは何もない。
さあ、安心して、ご来院を。
待ち合わせていた友人と会場の廃病院に入ると、青い白衣(青衣?)を着た看護師からアルファベットの文字を告げられました。友人は別の文字。文字ごとに席に座るということで、ここで友人とは離れ離れに。
(いやいやいやいや。聞いてない! ひとりになるなんて聞いてないよ!)
青ざめる私にさらに渡されたものは、黒いマスクと光る輪っか。プレミアムチケットの印ででした。光る輪っかというはあの夏祭りとかで使うあれです。
会場の中はどことなく薄暗く、こんな光るものを身に着けていたら絶対に目立ちます。誰に狙われるかわからない。今でこそ誰に狙われるんだよと笑えますが、この時の私はゾンビくらい飛び出してくるのではないかと本気で怯えていました。
指定された場所に座り、あたりを見回すと待合室らしき場所にはすでに来ていた観客が数十人。みんな黒いマスクをつけていて、言葉を発する人はいません。みんな静かに目だけきょろきょろと不安そうだから余計に怖い。
美しくも不気味に聞こえる音楽。私の座った隣には“Don’t Touch”と書かれたテープが貼られた丸椅子があり、時折、間違って座ろうとした観客を青い白衣の看護師が別の場所に誘導します。友人はどこにいるのか。とりあえずアイコンタクトができる場所にいないことを確認して手元の案内図に目を落としました。なんて場所に来てしまったんだろう。。。
少しゆがんだ案内図には、B1階から3階までのこの病院の地図と、様々な注意書きに加え「赤いものは触っていい」という不思議な一文。
何のことかと思った瞬間、隣からガタッという音が聞こえ、思わず振り向くとクマがくっきりと浮かんだ(メイクでした)顔がこちらをのぞき込んでいて…! なんとか悲鳴を飲み込むことに成功。いや、「ひっ…」くらいは漏れていたかもしれません。
どうやらこの病院に入院している患者らしい。患者の普通ではない様子を横目で眺めながら心の中では「もう逃げたい。早く終わってくれ。話が違いすぎるから終わったら絶対に友人に文句を言ってやる」とそればかり考えていました。
不安げで落ち着かない空気を破るように謎めいた鐘の音が響き、院内アナウンスが流れます。一つでも指示を間違ったら二度と現世に戻れない、そんな必死さで聞きました。
始まる前からあらゆる緊張と警戒とでへろへろになっている中、音楽が変わり、廊下の端に9人の男性が現れました。それがDAZZLEでした。
幅2mもない廊下で片側には観客が座っている中、一糸乱れぬ繊細で迫力のあるダンスが始まりました。
ついに開演したのです。
近い。近すぎる。近いというのは比喩的な表現ではなく、実際にターンで翻った白衣が体に当たる距離です。そしてそこで見たダンスは今まで見たことのないものでした。
黒いマスクをしていてよかった。マスクがなかったらきっと私は口をぽかんと開けた間の抜けた顔を晒していたことでしょう。最初の5分はただただあっけにとられて過ぎていきました。気づいたら目の前で踊っていた人達は、廊下の向こうに消え、後にはまた静寂が残されました。
けれど、会場の静寂は先ほどのものとは全く違っていました。何が起こるかわからないという不安の入り混じった静寂から、これは何かすごいことが起こるぞという熱を帯びた静寂に。
私自身はというと、友人への文句はこの時点で消え失せていましたが、看護師が戻ってきたので恐怖心と警戒心は再び復活。目が合った看護師にアルファベットごとに立つように促され、そのまま一列になって階段を上り始めました。
警戒心の強まっていた私は、その際、首から下げた輪っかを確認されたことを見逃しません。というか、目が合う? 確認された? 舞台でそんなことってある? 何が起きているんだここでは。
言い忘れていましたが、『Touch the Dark』は日本初のイマーシブシアター公演でした。
"イマーシブ"とは没入という意味で、観客が客席に座り続けて公演を観る従来型の舞台公演形式とは違い、観客と演者の距離はほぼゼロ、観客は会場内を時に演者に導かれ、時に自分の意志で自由に動きまわり、出会ったものを目撃するという形式の作品がイマーシブシアターです。
会場内のパフォーマンスは同時多発的にあらゆる場所で行われ、観客の数だけ物語が存在する。『Touch the Dark』では、前半部分が演者による誘導、後半部分が自由行動という構成でした。
目の前には看護師の背中、後ろには同じグループの観客の人たち。この列からはぐれたら大変だぞと言い聞かせながら、次々と案内される部屋についていきます。
案内された部屋でも至近距離でダンスが始まります。オープニングのダンスでも思ったけれど、それは今まで知っていたどのダンスとも違っていました。雄弁で、美しく、かっこいい。踊ることでこんなにも伝わるものがあるということに驚き、感動していました。
ナースステーションでは緊迫したナースコールがかかってくる。入院患者は看護師の目を盗んで脱走したい。院長と看護師の力関係。謎めいた少女の存在。これらがほとんど言葉を使うことなく伝わってくる。ダンスで物語を紡ぐというのはこういうことなのか。そして、それだけのダンスを至近距離で目撃することの贅沢さ。こんなの見たことない。見たことないよ。
なにかすごいものを見ている。信じられない体験をしている、その想いだけが心の中でどんどん大きくなっていきます。それでも時折首から下げている輪っかに向かう視線を感じるたびに警戒心だけは欠かしません。そう、さっき通り過ぎたあの部屋の扉から、向こうの暗がりから、いつゾンビが飛び出してくるかわかったもんじゃない。我ながらどれだけ怖がりなのか。
が。
ついにはぐれました。グループのみんなと。
ひとり連れていかれた部屋。この時点で怖すぎて泣きそう。人の気配にそちらを見やると見たことのない人たち。別の観客? 一体何が起こっているのか。冗談じゃない。恐怖で手が震えました。
その後しばらくして無事に元のグループに戻れたのですが、その途中で目撃した光景で、この作品に張り巡らされた緻密で濃密な思考の一部を垣間見ることができました。たぶん私はその瞬間にはまったんだと思います。
うまく言えません。もちろん怖さは消えていません。でも、この作品はなんなんだ、もっと知りたいとその瞬間に強く思ったのを今でも覚えています。こんな作品を作れる人が存在するのか、と。先ほどまでとは別の理由で手が震えて止まりません。その震えの止まらない手で謎の少女から薔薇の花びらを受け取り…。
その後は自由時間になるのですが、あれだけ怖がっていた会場内をあちらこちらと動き回る私がいました。もっと知りたい、もっと見たい、隠された秘密はなんだ。自分でも説明できないじりじりしたものが心臓の隣で主張していました。
赤いものを探し、演者の後を追い、あの日見たものは今でも事細かに思い出すことができます。その日の後、この作品は何度も見に行きました。それでも私が初日のあの日に見た光景は記憶の中にそのまま残っています。それくらい衝撃だった。
ラスト、暗い部屋で見た物語の終わりは私の心の中にぽっかりと穴をあけ、その悲しさをどうしたらいいのかわからず、外に出て駅に着くまで上の空、ホームの照明のまぶしさにようやく我に返るほどでした。
どうやら会場出口で合流したらしいあきれ顔の友人の横で、すぐさま次の日のチケットを買いました。もう一回見なくてはと、全身が求めていました。
思いかえすとたった2時間だったんですよね。たった2時間でたくさんのことが変わってしまった。
それ以降わたしは舞台を観に行くようになり、舞台にはまり、今では週1のペースで観劇をする人間になりました。
この作品に出会えたおかげで、いろんな作品と出会うことができました。好きな人たちがたくさんできました。何度も感動の涙を流し、何度も顔が痛くなるくらい笑い、今ではなくては生きていけないほど、舞台、そしてエンタメに救われて生きています。
そして、たくさんの素晴らしい作品に対して、舞台を観る人が他のエンタメに比べて少ないことも知りました。もっと知られてほしい、そのために何かできないのか、そう考えた結果、ライターという仕事をはじめました。まだ力不足ですが、せめて言葉で、少しでもエンタメや舞台に恩返しができるように、これからも私なりの言葉をつづっていけたらと考え動く日々です。3年前の出会いがなければ、そんなことは思ってもみなかったでしょう。
DAZZLE『Touch the Dark』は、言葉通り、私の人生を変えた作品なのです。
初めての出会いというのは特別だといいます。おそらく『Touch the Dark』は私の生涯で唯一無二、最初で最後。この先どんな素晴らしい作品に出会ったとしても、人生の一番を聞かれたらこの作品だと答え続けるのだと思います。
実は、『Touch the Dark』はもう二度と観ることが叶いません。イマーシブシアターは場所ありきの作品なのですが、会場であった廃病院が取り壊されてしまったからです。でも、DAZZLEならきっといつか第二、第三のTouch the Darkを作ってくれるんじゃないか、そんな淡い希望を込めて、あまりネタバレしないような書き方にしました。この文章を読んでくれた人がいつかあの美しい物語に出会えることを願っています。なんて。
最後に宣伝です。
私の人生を変えた作品を生み出したダンスカンパニーDAZZLEが、今までの舞台公演の映像をYouTubeに続々と公開しています。ぜひ、ご覧いただけたら。
もちろん全部見てくれと言いたいところですが、まず最初のひとつをおすすめするとしたらひとつの動画で完結している『君と僕の星』です。月と地球に分かれた恋人の話。会いたいけど会えない。今の状況とも通じるものがあったり。緊急事態宣言が解除された今、大切な人との絆を思い起こしてみてください。
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