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何が彼女たちを動かすのか-選択は青春の過ちか-

「今日帰ったら焼肉なんだ〜」

もう5年前の会話なのに、今でも鮮明に覚えている。
名前はあおいちゃん。

7階建の雑居ビルにいくつかの店舗型違法リフレ店が入る、池袋の裏路地のパーティションの一角。
緊張感の溢れるロケーションと彼女の発した言葉にはあまりにもギャップがあり過ぎた。
彼女にとってはなんの変哲もない日常でも、ここは日本に存在してはいけない空間。

無自覚か、目を背けたい現実を誤魔化す為なのか、この時は言葉を発した当人も含めて正解などわからなかった。

「勤務中暇だったら取材オッケーです〜」と言われて3回目。

この日の取材は彼女の夕食事情から始まった。

今あおいちゃんと2人でいるこのテナントは、以前にも未成年者をリフレで働かせ摘発されているにも関わらず『アンダー店』、所謂18歳未満の女性を従業員として働かせる違法リフレ店のなかでも筋金入りの違法店だ。

そんな世界で働く彼女たちに、私たちは勝手に深刻な家庭の歪みや本人の素行不良のフィルターをかけてしまう。

だが"あおいちゃん"は違った。

彼女の話を聞く限り、そんな要素は全く感じられない。

お嬢様学校で名前が通っている女子校に中学生から通い、勉強していないわけでも、家庭をコンプレックスに思っているわけでもなかった。

教育熱心である両親に感謝し、早々に有名私立大学への進学を決め、夜になれば弟と家族4人で夕飯の食卓を囲む。

家族のかたちはさまざまだが、あおいちゃんが爛々と語る彼女の家庭は少なくともひとつの理想的な家族のかたちに思えた。

ただ一点、金銭面にとても厳しい両親であることを除いては。



「グッチとかヴィトンとかダサいじゃん。」


5年前の現役高校生のリアルな意見だ。

多くの違法リフレ店は、控室とも呼べないようなスペースに荷物を置いておくと何が起こるか分からない。
そこで彼女たちは大きめのカバンもパーティション内に持ち込む。
通学に使うにしては随分と大ぶりのカバンだが。

持ち手からぶら下がる『YSL』のチャーム。

「MCMも時代遅れ感ない??」

当時から既にメンヘラホス狂のランドセルのレッテルを貼られてしまっていたMCMのバックも、”流行の最先端"を行く現役女子高生にかかればダサいのだ。

おじさんとしてはイヴ・サンローランも大差ないと思うのだが…

「若い女のハイブラって、『私風俗やってます!』って感じじゃん。」

なるほど。
それは分かる気がする。

イヴ・サンローランも十分高級ブランドだとは思うのだが、言っていることはよく分かる。

年齢不相応の高級品は僻み半分、職業が気になるのは人の性であろう。

ただ彼女のやっていることはもっとすごい。
なにせ、違法風俗をやっているのだから。

彼女なりのボケで、ツッコミ待ちなのか思案していたがそんなことも無い様子だ。

彼女にとっての風俗はソープであり、デリヘルであり、ピンサロなのだ。
違法リフレ店で働くことはそれに該当しない。

確かにいわゆる風俗店との違いはいくつもある。
これはどの違法リフレ嬢に聞いても真っ先に返ってくる、あえて違法リフレ店で働く最大のメリットだが、自分で全てのプレイ内容にNGを出せることだろう。

例えば基本は本番までオッケーな女の子だとしよう。
そこにどうしても生理的に受け付けない客が来たとする。
そうしたら30分パーティションの中でケータイをいじって終わり。

給料は500円くらいのものだが、イヤなものはイヤなのだ。

デリヘルなどと違って、プレイできなかったからと言ってクレームになりようが無い。

なんと言っても店側はパーティションの中で何が起きているのかは知らぬ存ぜぬなのだから。

風俗店では基本のコースになっているフェラやキスでさえ、来る客によって細かくNGを使える。

下を使うことにはなんの抵抗もなくても、口を使うプレイは大きな抵抗を持つ"違法リフレ嬢"は本当に多い。

ある側面から見れば違法リフレという業態は女の子には優しいシステムだ。

そして何よりも収入が違う。

彼女のベースは30分3万500円。

高級ソープで換算すると90分〜120分必要だ。
違法リフレ店は股を開いて横になって受動的に過ごせばひと枠消化できる
一方でソープとなれば脱衣・入浴介助から始まり、マットプレイを経て本番となる。

法を犯すだけで労働強度が全く違う。

そんな彼女の『違法リフレ嬢』としてのプライドを垣間見た気がした。

彼女のプライドは友人関係にも向けられる。

お嬢育ちの友人が新作のブランドバックを持っていれば、私も持っていないと気が済まない。
化粧品に趣味に、お金は使おうと思えばキリがない。

友だちは両親からのお小遣いで買えるが、私は買えない。
普通のアルバイトをしていても追いつける金額ではない。
それであれば法を犯してでも最大限に稼げる場所で働きたいと思うのはごく自然のことのように思えた。


違法リフレ店はかなり厳格な年齢制限がある。

あまり知られていないし、意外に感じる人も多いだろう。
違法店の中でも健全な店舗であれば18歳から22歳、今回のように飛び抜けている店舗では16歳から20歳程度で引退となる。

その店舗のエース級で客の多い女の子など、一部の例外は確かにいるが
たいていは20歳を超え、大卒年齢になってくるあたりから「合法」風俗店へと移籍する。

先に書いた通り女の子にとってはメリットの多い違法リフレ店だが、そうなると業界ではもう賞味期限切れだ。

女の子たちは狭いネットワークで情報を回し、客はもちろん私のようなライター、ましてや行政等よりも早く正確に伝達される。

何かのはずみで実年齢が割れたりすると、「いつまでいるんだよババァ」と突き上げられる。

法治国家にもかかわらず、自らが法を犯すことで法律が自分たちを守らない環境下では自助を強くするのは至極当然だ。

結局大学4年間、授業にサークルにアルバイトにと学生生活を満喫したあおいちゃんも例外ではない。

もちろん大学生活のアルバイトも違法リフレ。

系列店内で移籍したものの、はじめにいた店舗のコンセプトである「アンダー」の枠からはみ出しただけで、テナントも1フロア上に移動しただけだ。

一度ガサ入れがあったが、あくまでもアンダー店のみのお取り潰し。
移籍後の彼女にとってはどこ吹く風。

なんとも悪運の強いことだ。

大学生活を謳歌する彼女は、彼氏が出来ないとグチっていたもののそれ以外は順風満帆で就活の時期を迎えていた。

年齢制限的にも上限に達し、就職してリフレを引退すると語る彼女とはこれが最後の取材かもしれないと思いながら会話をしていた。

彼女の第一志望の企業がたまたま別の仕事の取引先だったので、あまり積極的には公開していないが彼女の大学の専攻と合致している事業部門があることを伝えた。

何気なく口にしただけだったが就活には効果があったようで、彼女からは滅多に来ない連絡が来た。
就職から2ヶ月程経ちお礼にということで夕食に招待いただいた。


「私会社辞めてソープで働こうと思うから紹介してくれない?」

店に着くなり第一声だ。

あおいちゃんのワンフレーズはいつも強烈な印象を残す。

長らく違法風俗嬢として接してきて、ようやく少なくとも違法労働は止めた状態で話せると思った初回、一言目。

収入が1/10になっている。
しかもリフレの自由な出勤、あってないような労働量、それが週5日×8時間になるのだ。

言っていることは分かるが、どこかやるせない気持ちになってしまった。

彼女は頑なに認めようとはしないが、違法リフレで働きはじめた理由はお金だ。

何不自由にないように見える暮らしの中で、彼女は高校生活をクイーンビーとして過ごすためにはなんでもした。

クイーンビーとしての自信とプライドが彼女をより高みに押し上げたことは明らかだ。
その自信が自身に輝きをもたらし、そのプライドが彼女の社会性を押し上げた。

唐突に彼女が女子高生の時に言っていたことを思い出した。

「未来のキャリアのために、今の怠惰で落ちたくない」と。

自分の未来の為に、今から投資をするという考えかたは年齢に関係なく尊敬に値するものだ。

そして宣言通り彼女の高校生活は輝かしく、誰もが憧れる大学生活を送った。

美しくあり続け、賢くあり続け、羨望を受け続けた。

誰もが憧れる社会人としての一歩を切る。

彼女の描いた夢はそこまでしか想定されていなかった。

少女時代の"借金"をいま彼女は返済している。

あれだけ忌避した"風俗嬢"として。


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