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短編小説:この街が一番熱かった日

マスミはガンガン響く頭を抱え恨めしそうに床を睨んだ。

二日酔いではないし殴られた訳でもない。インフルエンザや流行りのウイルスでもない。一昨日から喉が腫れていた。どうやらただの夏風邪だ。

マスミは虚弱な訳ではないが、日々立ち仕事と家事育児に追われ、おそらく日本中のママたちがそうであるようになんとなくいつも疲れている。

ちょっとだけ、具合は悪いが休むほどではないボーダー36.9℃〜37.2℃の微熱なら良く出る。熱ともいえない、これで休みたいですなんて言ったらきっと笑われるような、疲れているだけだと自分で判断できるような、体内の生理的な働きの許容範囲と受け入れてしまえるような。これは日常だ。

ただ今回は37.9℃なのである。ちょっとの疲れどころではない何かが起こっているのは明らか。こうして冒頭のように彼女の頭はガンガンしているのである。

ーーー明後日は娘の部活の海イベントがある。

何を気にしてるのよ。
マスミは頭の中で自分の思考を自分で打ち消す。

この熱で行くわけない、さすがに。
旦那や娘、部活のコーチや他の父兄たちに向けて小さくごめんなさいをする。心の中で。

兎にも角にも既に身体中がビシビシと痛むのでこれはもうお手上げだとベッドに転がった。



痛みなど忘れて眠りに落ちることができれば簡単だが、痛むからこそ簡単には眠れない。暗い部屋の中でSNSに目を通しコメントを返したりする。目に悪い、姿勢が悪いなど承知の上。限界まで疲れたら眠りに落ちるだろう。文字通り、落ちる。それを期待している。
思えばいつもそうで、マスミは普段も落ちるような入眠をしている。ショートスリーパーまでいかないが眠りが浅いため、眠りのどん底に落ちたいと無意識に思っている。

『今38℃くらい熱を出していて💦』
離れたところに住む友人アナムのスレッドに書き込んだコメントに、いくらかしたらレスがついた。


『マスミさま

なんと熱🤒🤒

喜びで生きることや
全てうまくいくことに
抵抗してるから熱が出ているみたいですよ

抵抗を諦め、幸せいっぱい受け取る方向への切り替えをお願いします😄

これ、ほんとに深刻だと思ったのではっきり書いてみました✨

では✨』


青天の霹靂とはこういうことを言うんだろうなと、もちろん驚きながらマスミは一方で「なんだかよくわからないけどバレちゃった」というような奇妙な思いと、同時に「ああ、それでか」と納得して清々したような気持ちを持ち、すぐにレスを返した。

『アナム さま
抵抗ですか!?ご指摘ありがとうございます!いつも助けられています🙏』

『マスミ さま
届いてよかった😆
神さまにはお見通しですよ✨』


このやり取りで体力的限界を迎え、ようやくマスミは眠りに向かうことにした。


まさか夜に高熱が出るなんて予想もつかないはずなのに、この時マスミはたまたまお盆前ということで娘と実家に戻っており、
実家到着時には既に母によって寝床が整えられていて、ガンガンした頭を抱えながら即ベッドにダイブできた。
たまたま新型ウイルスの検査キットも実家にあったため、速やかに検査して陰性だと確認できた。
もちろん夕飯も用意してもらえたので気兼ねなく養生に専念できた。
具合は悪いがこれはとても幸せなことだ、と、熱で熱くなったため息をついた。
最近悩まされていた歯痛のために持っていたカロナールを、今は熱冷ましと体の鎮痛のために使うことになったのももちろん偶然だ。




偶然か?
(ソレニシテハデキスギテイルヨウナ)

知っていたのか?
(ダレガナニヲ?)





翌朝マスミの体温計は36.7℃をさした。ずいぶん頭が軽くなった。

アナムのおかげ!そして多分アナムの旦那さんも。

たくさんの、奇跡という言葉が今の世も生永らえてているとするならば、この友人夫婦の見せてくれたいろいろな奇跡を思い出しながら、マスミは体の節々を軽く動かし、迎えた新しい1日のスケジュールを確認した。どこそこに寄って、今日中に旦那の待つ自宅に戻らねばならない。


その前に。
スマホのメモアプリを開き、ちょっと考えてからこう打ち込んだ。

【喜びで生きる
全てうまくいく
みんなが助かるなら自分も必ず助かる
1%の犠牲もない
隠しごと0、全てつつぬけ
喜びしかない
自分で決めた自分のやりたい自分の喜びのみが訪れそれに没頭する
美しく輝き愛溢れる無限の世界で生きている】

アナムがくれた「喜びで生きることや全てうまくいくことに抵抗している」というアドバイスの中に含まれるものがもっとあるような気がして補強してみたのである。

こんな感じかな。とまとめたが、これらの言葉の裏にはいつもどこかイマイチで、行き止まりで、息苦しく、生き苦しく、誰かを信じるのが面倒くさいから先回りして犠牲になって更に人を見下したり、塵ほどの大きさの"言いたいこと"を言わずに溜め込んでその重さを頭肩胸腹に抱えたり、良かれとしてやってみたことで自分を見失ったり、素直でなかったり、嫌なことを断れなかったり、、、という自分を発見してクラっとした。


そうじゃない。
そうじゃないんだよ。
それこそアナムの言うように、幸せいっぱい受け取って笑っていられたら最高。
とてもシンプルなことのはず。
できる、できる👍




いくつかの用を地元で片付けて、自宅に戻ったのは夕方近くだった。この日、マスミたちが住む街は観測史上最高の気温をたたき出し、北国であるにもかかわらず全国で3位の暑さとなった。こうなると暑さが肌に刺さるようだ。冷房もつけずにはおれないので、北のこの街の人々は冬と酷暑を行き来するような感覚でいる。

この寒暖で確実にホルモンバランス乱れるわ、、、と心配しつつ、とりあえずまた明日も生きねばならない。

私が高熱出したから、この街もこれほど暑いのかしら。
奇妙な偶然の欠片を拾い、また放る。


だとしたら。


『喜びで生きることや
全てうまくいくことに
抵抗してるから熱が出ているみたいですよ』

アナムの書き込みがリフレインする。放った欠片をもう一度眺める。



この街のみんなが幸せを拒んでいるからこうも暑いのではないか?いや待てよ。
この国の夏が異常に暑くなって、TVのレポーターが各地に出向いてその暑さを実況するなんてことが始まってからだいぶ経つ。

じゃあ抵抗しているのはこの国のほとんど全ての人じゃん。それはヤバい。





海のないこの街は暑さで湿気が消えてしまったらしい。今夜は星空が格別だ。暑さが自分や人々の心象だとするならば、この空もまた然り。この美しさが全ての人に内在するのなら、ここはなんと美しい世界であることか。

自分が思い、感じているより世界はずっと美しいに違いないと、心でも感覚でもない透明なものがマスミに届いていた。これはモノではないし、自分でもない、人格でもない。言葉でもない。

これがマスミを不思議と安心させ、緊張を解き、頭をスッキリさせ、いつもチリチリとしている心が静まると、深い呼吸ができるようになった。日々の小さな問題が問題と感じられなくなり、周りの人の思いやりが届いた。同時に、周りに漂う誰のものともつかぬ悲しみや不安も肌にぶつかるのに気づいた。

あと数日で流星群が来るらしい。この透明なものが全ての人に降り注ぎますように。美しい世界がみんなの前に現れますように。世界の仕組みが届きますように。

このヤバい世界が癒える日が来ることをマスミは無条件に信じている。誰だって幸せになりたい。笑っていたい。周りの大切な人と穏やかに過ごしたいだろう。自分が困っている時に届いたアナムのメッセージのようにたった一言で人の気持ちを変えてしまい、心と連動した体も回復してしまうメカニズムが確かにあると感じられる。この目で目撃したものだから。これが世界を救うのだ。


何千年も前の光を北国のとある街でマスミが見上げている夜に、誰のものともわからない祈りが響く。遠くで反響したその音が返って来るのはいつか。

何時間後。
何秒後。





今。




ここまで読んでくださりありがとうございました。yamauchiです。

実際のSNSの、たった数回のやり取りが、私の中でとても興味深い体験として残ったので、生涯初の短編小説が生まれました。

アナムさん、私を作家にしてくれてありがとう!一度は書いてみたかったんですよ、小説。
そして数々の、まだ書いていないことがたくさんあるネタ元となるアナムさんの旦那さまもいつもありがとうございます!人に送り出すということを意識した文章を、今できる限りで書きました。

良かったらご感想をお聞かせください。ドキドキしながら読みます!
yamauchiの処女作をお祝いするサポートも大歓迎です!次に何かを書くモチベーションになります!家族にごはんを奢ったり、遠い街に住む友に会いに行ったりもしたいです!

それではまた。

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