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椅子をつくる

外側の椅子と内側の椅子

 2020年の暮れから尾道で家の改修工事に参加している。泊まりがけで工事しているため、作業終わりにはみんなで食卓を囲む。至福のときだ。そんな時、何かの拍子で前作っていた椅子の話題になる。それは丸太をくりぬき、背中からお尻まですっぽりと包まれる椅子だ。2年に及んだ制作途中で、その造形が下顎のように思えてならなくなり歯の彫刻をあしらった。そんな変わった椅子を見て「ぶっ飛んでるね!」と制作を依頼してくれたのがミドリノコヤ店主のみどりさんだ。それが昨年の春先のこと。


 それから椅子のことを頭の隅に置きながら、
尾道、能登、北海道…と国内を忙しく駆けずり回っていた。なんとなくイメージしながら季節は速度を増すかのように過ぎ去り、気がつけば真冬。制作場所、工具、技術、デザイン、何ひとつ揃わぬまま、急げいそげと制作に突っ込んで行った。それは視界が冴えぬ霧の中を漕ぐような感覚だった。

 結局は制作場所に祖父母の家の庭を借りた。その庭にまだ草木はなく寒々としていた。始めはデザインが決まってなく、一度手を加えると後戻りができないので消極的になる。この椅子の個性はなんだろう、とモヤモヤしながら座面や背もたれの角を落としていく。すると丸みを帯びた曲線が見えてくる。今までにやったことの無い方法で作りたい、と思い後ろ脚を背もたれまで伸ばしてみた。実際やってみると座面や背もたれの傾斜が複雑に絡み合い、とても大変だった。座面の裏の補強も、ノミ一本でビスを使わなくても組めば止まるようにした。

 一脚目がようやく形になってきた頃、庭は日ごとに緑が茂り、行く度に新しい花が咲いていた。

 二脚目は、一脚目の製作中にデザインを練っていたのですぐに取り掛かる。前とは打って変わって霧は晴れ、大袈裟に言えばつくるべき形がはっきりと見えていた。彫り出した座面に脚を4本取り付け、まず背もたれのない椅子をつくる。当初の予定では枝材を、数本使い座面と背もたれを繋ごうと考えた。そんな枝を山に探しにも行ったが、適当なものは無かった。そこで少し立ち止まり、作業の手を止めて考える。彫っている時と同じくらい、それをいろんな角度から眺め考える時間も好きだ。最終的には自然の造形をもとに板材(木の幹)からY字の枝を作り出すという少し不自然なことをした。始めからデザインを見通せていたお陰か、こちらはだいぶシンプルなつくりになった。

  当初の完成予定だった桜の季節をとうに過ぎ去り、庭は青々と繁り、通年より早く梅雨が明けた。突然やってきた夏の日差しは容赦なく体力と気力を奪い、もう一刻も早く涼しい所に旅に出たい!と限界を迎えたころ、二脚の椅子が出来上がった。その翌日から新潟は十日町に滞在して今これを書いている。帰る翌日には東京で、次の週にはミドリノコヤに搬入しそれぞれ展示する。

尾道市因島にあるミドリノコヤにて

 手元にある椅子の写真を眺めながら、その手触りを思い出す。話をもらってから一年、制作を始めてから半年が経ち、気づけば霧は晴れた。僕は椅子と共に密森の奥から里へ、島へとむかう。森林で人知れず生きていた木が、姿を変え、瀬戸内の波と語らいと混ざる。ふたつの椅子は、それ自身を起点にここにくる誰かをひとつ語らず座らせる。産声をあげた椅子の旅はここから始まる。
                                          2022.7.29 


 上記の文章は、展示に際し制作した冊子「庭と椅子」記載したものです。改めて今回の椅子制作に関わってくださった皆様に感謝します。

            浅見 風


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