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深海魚


空に憧れた。
上には何があるんだろう。
僕は深海に住んでいる。
ずっと上の世界を知らない。
暗くて、ガスだらけ。
食べるものには困ってないし、暮らしに不自由はない。
けれど、どうして。
上ばっかり気になってしまう。
だけど、周りの深海魚は僕を馬鹿にする。
上になんて何もない。
この深い海の底が僕らの安住の地なのだって。
上のことも知らないくせに、僕を馬鹿にするんだ。
僕は上に行きたい。
もしかしたら上の方が、桃源郷かもしれない。
けれど、表立って馬鹿にされるのは恥ずかしくて、僕はいつも通りそっと巣穴に戻る。
 

その日、上から何かが降ってきた。
知らない光。
それは、僕の好奇心を掴んで離さない。
糸。
透明で細い線を僕は咥えた。
急に体が持ち上がる。
上へ、上へ。
僕の望みが叶った瞬間。
上の世界を見られる。
上を見上げる。
だんだん世界に色がついてゆく。
だのに。
だのに、どうして。
苦しい。
苦しい、苦しい。
目が焼けるように痛く、肺が、浮き袋が不思議なほどに膨らむ。
その時、他の深海魚たちの言葉が僕の胸に虚来した。
「僕は多くを望まない。だからここにいるよ」
上を見てみたい。
その望みの代償がこれか?
痛みが、苦しみが。
口から浮き袋が飛び出し、目は異常なくらい飛び出している。
ここまできたら、もう元には戻れないだろう。
生きてはゆけないだろう。
しかし、死を間近に世界はどんどん色づく。
綺麗、美しい。
あぁ、僕もこの世界で暮らせたら。
こうして生きていられたら。
あいも変わらず、糸は上へ上へ動く。
気がつくと、僕の体は海の外に飛び出していた。
広い、あまりの光に目は焼けあまりうまく周りを見られない。
何かに掴まれた。
「こいつ、餌食ってないのに釣れたよ」
「変わった魚だね」
僕はもう死ぬ。
でも、それでよかった。
きっと僕は深海にいても死んだように生きているだけだったから。
「バカな魚だけど、アンコウはうまいぜ」
「じゃあ、今日はアンコウ鍋だな」

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