深海魚
1
空に憧れた。
上には何があるんだろう。
僕は深海に住んでいる。
ずっと上の世界を知らない。
暗くて、ガスだらけ。
食べるものには困ってないし、暮らしに不自由はない。
けれど、どうして。
上ばっかり気になってしまう。
だけど、周りの深海魚は僕を馬鹿にする。
上になんて何もない。
この深い海の底が僕らの安住の地なのだって。
上のことも知らないくせに、僕を馬鹿にするんだ。
僕は上に行きたい。
もしかしたら上の方が、桃源郷かもしれない。
けれど、表立って馬鹿にされるのは恥ずかしくて、僕はいつも通りそっと巣穴に戻る。
2
その日、上から何かが降ってきた。
知らない光。
それは、僕の好奇心を掴んで離さない。
糸。
透明で細い線を僕は咥えた。
急に体が持ち上がる。
上へ、上へ。
僕の望みが叶った瞬間。
上の世界を見られる。
上を見上げる。
だんだん世界に色がついてゆく。
だのに。
だのに、どうして。
苦しい。
苦しい、苦しい。
目が焼けるように痛く、肺が、浮き袋が不思議なほどに膨らむ。
その時、他の深海魚たちの言葉が僕の胸に虚来した。
「僕は多くを望まない。だからここにいるよ」
上を見てみたい。
その望みの代償がこれか?
痛みが、苦しみが。
口から浮き袋が飛び出し、目は異常なくらい飛び出している。
ここまできたら、もう元には戻れないだろう。
生きてはゆけないだろう。
しかし、死を間近に世界はどんどん色づく。
綺麗、美しい。
あぁ、僕もこの世界で暮らせたら。
こうして生きていられたら。
あいも変わらず、糸は上へ上へ動く。
気がつくと、僕の体は海の外に飛び出していた。
広い、あまりの光に目は焼けあまりうまく周りを見られない。
何かに掴まれた。
「こいつ、餌食ってないのに釣れたよ」
「変わった魚だね」
僕はもう死ぬ。
でも、それでよかった。
きっと僕は深海にいても死んだように生きているだけだったから。
「バカな魚だけど、アンコウはうまいぜ」
「じゃあ、今日はアンコウ鍋だな」
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