別に私は特別なんかじゃなくて、あなたも決して劣っているわけじゃない

4年生になって友達が黒髪に染めてスーツでゼミに来ても、私は私服で金髪だった。

「会社に属する」自分が想像できなくて、表現することが好きでその道に進もうと思っていたから。

一度だけ、ちょっぴり不安になってキャリアセンターなるものに行ってみたけど、ゴリゴリと就職をすすめられるだけで私には窮屈だった。そりゃあ大学からしたら、行き先不明の切符を手にした学生なんてあまり輩出したくないだろう。

それでも私は、自らの希望する進路にまるでケーキ入刀みたいに大きなナイフで「NO!!」を振りかざしてくるそのおば様方に恐怖して、鳴ってもいない携帯電話を取るふりをし逃げるようにセンターを出たのを今でも覚えている。

あれは本当に怖かった。


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卒業をして、私はイベントの司会者としてフリーランスで活動を始めた。

学生の頃からひょこひょこと色んなところに顔を出していたおかげで事務所に入っていなかったけどなんとか仕事がもらえた。

知り合いのツテ、そのまた知り合いのツテ、と、芋づる式で生き延びてやってこれたのは、実際のところ奇跡だと思う。

それに加えて趣味の物書きをしてみたり、雑貨を作って販売してみたり、会社員ではできないような、「社会人1年目!」を体験した。

表現すること。これを、幅広くやりながら模索していくことが私の1年目の課題だったように思う。


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「いいよね〜、才能ある子はさ、やっぱ、生き方が特別っていうか」

「なになに。荒れてるじゃないのやけに」

「だってさー。全然違うんだもん。入学した時はおんなじ授業受けてバカやってたのに」

「授業中こっそりツムツムしたりとかね」

「あったね〜。・・・なのにさぁ、も〜!覚えることは多いはずなのに、毎日同じことの繰り返し。かと思いきや、ある日いきなり仕事がドーン!と降ってくる。それ分割して振ってくれません?みたいな!!」

「んんん〜」

「でさ、こっちが仕事終えようと必死にやってると、早く帰れって残業はさせてもらえないの!その時間までに終えられないこっちが無能みたいで嫌になる」

「そういうわけじゃないと思うけどねぇ」

「なんにせよ、いいよねぇキラキラした世界。羨ましいなぁ」


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キラキラした世界。

あの子からしたらきっと、キラキラした世界。

好きでやってる楽しいことだけど、別に全く苦しいことがないわけじゃない。うまく行かないことだって、何にも後ろ盾がないことだって、一度失敗したらもう二度と仕事がもらえない怖さだって、全部噛み締めて、それをぎゅぎゅっと心に押し込んで、キラキラしたところだけを見せている世界なのだ。


それでも、1年やってこれた。月収が0の月が何度かあったけど。

小麦粉を水で溶いて、薄くして焼いたものをひたすら食べたのもいい思い出だ。それでも水や電気だけは意地でも止めなかった。

なんとか生きてこれて、生かせてもらえた。

生かせてもらえてるって、すごいなと、純粋に思った。


私が会社に属さないのは、属せないから。

生かせてもらっておいて偉そうだけれど、一つのところにずっといられない。

だから、私が特別なわけじゃない。

私に持ってないものをあなたが持っていて、あなたが持っていないものを私が持っていただけ。

きっと、会社も社会も、そうやって廻っている。

自分が持っていないものを誰かが埋めていて、誰かが持っていないものを自分が埋めている。


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「いいよね〜、才能ある子はさ、やっぱ、生き方が特別っていうか」

「出ました。酔うといーっつもそれなんだから」

「だってさー。全然違うんだもん。入学した時はおんなじ授業受けてバカやってたのに」

「授業抜け出してびっくりドンキー行ったりね」

「あったね〜。・・・なのにさぁ、も〜!教えることは多いはずなのに、毎日全然時間が足りない。で、たまーに手が空いて、やっと教えれるわーってなって仕事を一気に振る羽目になるの。そーすると、新入社員からは戸惑いの顔されるわけ」

「んんん〜」

「でさ、こっちも気を遣って、帰りな〜って残業はさせないんだけど、その尻拭いはうちらがやるじゃん!で、上司に教え方が下手だって言われてさぁ」

「ふふ」

「なぁによ」

「数年経つと変わるもんですねって」

「そりゃ、停滞してたら終わりですから」

「そういうとこ好きよ。昔から」

「・・・今になってさー、あー、あの頃先輩こんな気持ちだったんだーってわかるんだよね・・・。会社ってこうやって廻ってたんだな、とか、自分の得意不得意とかさ、私は教えるのからっきし向いてないんだわ。なのに新人教育担当ですよ」

「向き不向きだけで配属してくれないのが悲しいかなですなぁ」

「ほんとそれ」

「でもそんな不条理と見つめあったのなら、私の仕事も羨ましがることないじゃなーい。私は会社勤め出来ないもんすごいと思うよ」

「それは別。また別問題。だってね、羨ましいって僻みでも妬みでもなく、私の場合、一緒だよ、そのすごいって感情と。尊敬。そんだけ。」

「そ、っかぁ」

「あーあ、また勝手に抜け出して、遊びに行っちゃうような奔放なこと、してみたい」

「ふふ。こうやって大人になっていくんだね、私たち」


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夜風に当たって、考える。

あぁ、変わってゆくものだなぁ。

すっかり友人は大人びた気がして、ふと、私は成長できただろうかと不安になった。

任される仕事、後輩、というものが目に見えて存在するわけではない。

けれど、確実にキャリアだけ、何年目、という数字は増えていく。

一抹の不安はあるけれど、いつも胸に過るのは必死だった1年目の頃。もがいてもがいて、試行錯誤して、吸収できるものを全て吸収しようと必死で、失敗して、そしてまたトライして・・・

人間本気で向き合った何かが一度でもないと、何もできない気がする。だからこそ、本気で挑める、本気で失敗できる1年目はチャンスだ。

今振り返ってそう思う。

失敗をしても、まだダメージが少ない。使ってもらえる。やり直しがききやすい。

それは身を削りに削れ、ボロボロにしろ、ということではないが、あの頃があったから、今がある。


そして、思い出せる。


改めて心が引き締まる。


火照った頰が少しだけぬるくなった風に揺られ心地よくなったところで、私はぽつりと「ありがとう」と呟いた。


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