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日記:愛想笑いと刹那という名の作り物を

お久しぶりです。窓風です。
PCが使えなくなったり新しい日常が理由でnoteを更新するのが億劫になっていました。ごめんなさい。
あとは正直に言うと何を書きたいのか…いや、言いたいことはあるんです。
でもnoteで長ったらしく語るもんでもないし、つまんないよなあ
なんて思ったりもしてしまってました。
そんで「うん。このままだったら消滅してしまう。近状を書こう。」
となったわけです。
だからこの記事は近状報告かつ日記です。よろしこ。


最近愛想笑いすることが多くなりました。
周りの言ってることにハハハって。
楽しそうなフリ。共感しているフリ。
こうしときゃ、まあ波風は立たんやろ。

好きになった人が離れていくのを見るのが苦しいから、悲しいから、
人と一線を引こうと思ったんです。
距離を取る。
心と心で対話をしない。
心の奥深くを晒さない。
相手が望むように、不快にさせないように、笑う。
空気は、読めるから。
人を好きにならなきゃいい。

向こうも心の底から私を欲してるわけじゃないだろうし、
すぐにどこかに行くだろうから。
わたしなんて、サブのサブのサブのサブのサブのサブのサブくらいでしょ。

欲張りかな。

人を疑う。



そんな私を、
大好きだと言ってくれる人が現れました。
嬉しかったんです。
恋というのは、わかりやすい愛情だ。
欲しかった。のかな。
だから、この人はいい人ってわかってたから、
手を繋いだ。



でも、
私には恋がわからない。
愛とは、恋とは、友達とは。
わからないことだらけ…いや、定義を決められてないものだらけだ。

彼とは好きなものもちょっと違うから、うまく話が合わない。
続かない。
向こうは楽しいのかな。


本当にないものねだりだ。
自分が気色悪い。
顔も悪けりゃ性格も悪い。最低。

まあ昔の自分よりは気に入ってるけどさ。


私は何をやっているんだろう。
時たま思う。
すべてが夢みたいに浮ついてて、現実味がない。
すべてが刹那の嘘。
いや…
好きなものにおいてはいいんだけどさ、それでも。
そこにあるのは愛だけ。


………
きっと、他人と真にわかり合うことなんてできない。
趣味や考えが完全に一致する人なんているわけない。
そんなのドッペルなゲンガーだ。
ある程度の差異を、楽しめるように。
なれたら。

みんなにもなってほしいものだよ。
すぐ「わからない」とか否定の言葉を述べるんじゃなくてさ。

柔らかい心。

物事を受け入れることが人生のコツだ。

でも自我は手放せそうにないよお釈迦様。

もっと成長したいものです。



そんな感じでした。
相変わらず意味分かんない感じでしたね。すみません。
とりあえず…窓風は生きてます。今後どうなるかはわかりませんが。
なんかまあうまくやっていきます。
人生はめんどくさい!