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掌編 「あなたの不幸せ、幸福論」

 私はあなたが望むように、あなたの不幸せという幸福を祈る。不幸せである限り、絶対の幸福に包まれると信じるあなたの、少し不真面目な幸福論を。
 きっと、そんなあなたの幸せ、いえ、不幸せを叶えてあげられるのは、私だけでしょう? そう考えることは、私にとって、どんなに慰めになるか分からない。
 ニーチェを引用し、人生はどれほど空虚なものかと嘆く時の、あなたのうれしそうな顔や、神は死んだ、と高らかに歌い上げるその声も、クリスマスに自分だけプレゼントをもらえなくて、駄々をこねる子どもみたいなあなたを、私だけが愛することができる。それは、神が私にたった一つ与えて下さった、正当な私の権利なのだと言ったら、あなたは笑うでしょう。大丈夫、同じように、私もあなたの幸福論を笑っています。

 私たちの出会いは暗い谷底で。
 首吊り用のロープを貸してほしい、とあなたが声をかけてきた。私が何も聞かずにロープを手渡すと、不思議そうな顔をして、あなたが、
「止めないのですか」
 と言うから、私は、
「考えた末のことでしょう? 私に止める資格はないわ」
 と答えると、突然、あなたは溌溂とした笑顔を見せて、
「素晴らしい! あなたのような人がいるなら、人生も捨てたものじゃない!」
 そう言って、倒れたんです。
 結局、死に場所を求めていたあなたは、私という格好の死に場所を得て、すっかり安心していました。私の膝枕の上で、荷物の底にあった溶けかけのチョコレートを、あなたは本当においしそうに頬張ってから、こう言いました。
「ぼくと結婚してくれませんか」と。

 正直、あの時の私はもったいないと思った。せっかく私が繋ぎ止めた命を、プロポーズを断ったくらいで、再び投げうってもらったら困る。私が、イエスと答えたのは、その程度の理由でした。私も人生に飽いていたんです。あなたと同様に、死に場所を探していた。
 だから、「君のおかげで、生きる意味が生まれた」という言葉は、私にも同じだったのですよ。
 あなたの不幸せ、幸福論。不幸のどん底にいる程、見つけだした輝きは大きい。
 信じます、あなたの幸福を。 

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