永遠の中二病な兄を持った私と義姉の話
兄は中二病だ。だから大学で友達ができなくて2年も留年してしまった。
中二病にはいくつか種類があると思うのだが、兄の場合、オタクによくある闇の力を発動するタイプではなく、どちらかというと歴史・クラシックなどを好み、日本刀を振り回すタイプの中二病だった。和製にヨーロッパ要素が入った中二病だ。
だから、兄と喧嘩をすれば投げつけられるのはチャイコフスキーのCDケースだったし(大事なもんを投げるなよ)、兄が勉強中にうるさくしていれば日本刀の模擬刀を持って追いかけられたし(私は裸足で外に逃げた)、暴力を振るわなくなる歳になった頃には「君たちはデカダンスに溺れている自覚があるのか?」なんて言われたものだった。
デカダンスとは、非社会的で倦怠に溺れた生活をすることらしい。虚無的な生活態度。倦怠に溺れていた私は、「デカダンスって何?でかいダンス?ダンスは好きだよ」とヒゲダンスを踊りながら兄をおちょくった。殴られた。
そんな兄も、結婚して子どもに恵まれた。まさか20代のうちに結婚できると思ってはなかったが、まさかのまさかで結婚した。地球が割れるかと思うくらい衝撃だった。
どんだけ物好きな妻なのかと思ったが、その妻から見れば、兄は侍のようで、教養があって、クールでかっこいいと思ったらしい。
オッケーグーグル、否定はしない。人の好みはそれぞれだ。私たち家族は、よかったねおめでとう、という気持ちと、本当に大丈夫なのか、この兄(息子)は他人とやっていけるのか、という気持ちを半分ずつくらい持ちながら...いや、多分2:8くらいで持ちながら結婚式に出席した。
それから兄はしっかりと仕事をして、しすぎるくらいして、まあ完全にブラック企業にハマってしまって、それでも子どもも持って、家庭を運営しているみたいだ。
ただ義姉の心情はそれほどステイ・イージーではなかった。やはりデカダンスを嫌い、デマゴギーに踊らされる人々に「君たち、何をしてるのかね。本質を見抜きなさいよ」と揶揄する兄とやっていくのはそれほど簡単ではないようだった。
共働きで家事育児は義姉がほとんど担っている状態らしい。平日は朝から晩まで働き詰めの兄は、土日は気晴らしに「お稽古」に行くので、ほぼワンオペである。
彼女はとてもポジティブなので、私たちの前では愚痴を溢しつつも「でも頑張らなきゃね!」と言う。いじらしく痛ましい。
そんな時わたしは心の中で、自分の父と母を思い出す。この関係性はうちの両親そっくりではないか。再生産か、勘弁してくれ。
そんな折、義姉がもう限界だという噂を聞いた。クリスマス前から休暇で子どもと旅行に行った沖縄から帰ってこないらしい。兄は当然ブラック企業勤なので長期休暇が取れず置いてけぼりだ。義姉は沖縄で怪我をしたとかなんとかいって、年末まで沖縄にいたいと連絡をよこしてきた。
流石に心配になった。あのポジティブな義姉が、家族を大事にする義姉が、帰ってこないとは。兄、ついに捨てられたか。ザマアミロ。モーツァルトを抱いて泣け。あっ、これはちょっと本音が出たが、私は義姉が本当に心配だった。心中でもしたらどうしようかと思った。
義姉にメッセージを送ると、「海が綺麗だよ〜!リフレッシュ〜!」という返信が来て少しホッとした。でも強がってるだけだろうな、と家族全員で心配していた。
義姉は2度沖縄滞在を延長した。延長戦開始。
兄、迎えに行けよという気持ちと、リフレッシュさせてあげたいという気持ちがせめぎ合っていた。我が家は、もうどうしたらいいん?何が正解??と大騒ぎだった(私は「このまま離婚が正解だ。養育費は払え」と言い続けた)。全く休まらない正月だったが、三が日が過ぎた頃義姉はひょっこりとうちに顔を出した。
「おせちまだあります?」と義姉は聞いた。
「ある!なくても今から作る!!」と母も父も答えた。
みんながおずおずと、「大丈夫...?」と聞くと、義姉は満点の笑顔でこう言った。
「日本の食文化は素晴らしいと思いませんか?!まくら家の親戚に日本食のシェフがいますね!わたしは英語ができるから、そんな文化をYouTubeで発信するYouTuberになろうと思います!!!」
なんて逞しいんだ。もう兄のことなんか捨ててくれていいからYouTuberになってほしいーーその夜の家族会議は義姉のYouTuberデビューを応援するということで幕を閉じた。
ちなみにこれは2年くらい前の話。義姉は今でも結構元気にやっていて(YouTuberにはなっていない)、何かと言えば一人で我が実家(つまり、夫の実家)に来て、温泉旅行やカニの食べ放題をねだったりする。兄は一緒に来ない。兄に苦しめられているぶん、私たち家族は彼女に頭が上がらないし、その愛嬌と逞しさを讃えて結構言いなりになっている。
逞しさと愛嬌には誰も勝てない、そんなことを教えてくれる義姉である。
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