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日常は不変じゃないから、田舎を出て行きたかった頃の話をしよう

家から出られなくて(厳密には必要なときには出られる)、Work From Homeになって随分経った気がする。最近は、在宅なのにやたらと忙しくて、「在宅なのに」というのはおかしいのだけど、なんか理不尽に感じている。家なのに忙しい!なんで!?と心が叫びたがっているんだ…。

最初はすぐに収まるだろう、日常に戻れるだろうと思ってたけど、もう少しかかりそうだ。

3.11が引き合いに出されることが多いけれど、こうして日常や親しんだ慣習、文化、価値観は無理矢理にでも変化させられるということをまざまざと思い知ってしまった。

ソーシャルディスタンスを保って、あらゆるものを消毒して、清潔にして、エレベーター乗っても指の関節でボタン押したりして、キスの代わりにオンラインのコールをする。「I love you」に「Stay safe」を付け加える。

あらゆるものが変わっていく中で、なんとなく昔の自分を思い出していた。ずっとずっと変わりたかった自分だ。田舎の片隅で、ヤンキーがトップにいるスクールカーストの中で最底辺だった自分。いじめられてはいなかったけど、いつも息苦しかった自分。

学校は長い長い坂の上にあったから、いつも登校が大変だった。今ならタクシーで行く距離だけど、あの頃は元気に歩いていた。友達と、小さな個人商店の前で待ち合わせをして。昨日見た夢の話をしながら、今日の宿題の話をしながら。

ガラケーが登場した頃からは、友達との登下校の会話はもっぱら昨日好きな人としたメールの話だったと思う。今の子たちはLINEでしたメッセージについて語るだろうか。好きな人がしたインスタの投稿について話すのだろうか(「あのご飯の写真さあ、よく見たら奥に女子写ってない!?」とか)

その時は高校生で電車通学だったから、東京に比べると満員とも言えないがそこそこ混んでいる電車の中で、ソニーのウォークマンで音楽を聴いたり、単語の勉強をしたりもしていた。

ずっと変わりたかった。こんな田舎出て行ってやる、とずっと思っていた。誰と話したって、半径5mしか見えていなくて嫌になっていた。家族の話、友達の悪口、先生への愚痴。

部活も頑張って、無事引退し、受験期に遅くまで友達と教室で勉強した。学校が終わってから塾に行った。個人塾で、教えてくれていた大学生の先生はいわゆるイキリオタクっぽい感じの人で、受験期だというのになぜか大量の漫画を突然貸してくれた。パーテーションで区切られた個人塾のスペースが好きだった。

念願叶って大学から地元を離れることができた。

それまで、東京は田舎の17歳にとって「恐ろしい街」だった。東京、というよりトーキョー。Tokyo。モンスターが住んでいるのかもしれない。その時はテレビで見るTokyoしか知らなかった。私が行っていいようなところではないかもしれない、と感じていた。

トーキョーは人がいっぱいでびっくりして、ご飯が美味しくなくてさらにびっくりした。特に海鮮。

それでも、東京は私を満足させるには十分な街だった。新しい人と、大学で学ぶのも楽しかったし、夜な夜な誰かの家に集まって飲むのも「青春」ぽくて嬉しかった。冬に、彼氏と手を繋いで近所のスーパーへ鍋の材料を買いに行く瞬間が一番好きだった。バイト帰り、深夜に自転車を漕ぎながら歌うのも好きだった。私は自転車にいつも乗っていて、秋は涼しくて気持ちが良かったけど、冬は凍えて死にそうだった。

大学時代に、地元から同じように東京へ出た友達と、夜通し飲んでいたことがある。「自分が東京にいて、こうしていることが未だに信じられない」といったような話をした覚えがある。

「朝起きたら、私たちはまだ17歳かそこらで、全部夢だったらどうしよう?」

そんなことをポツリと口にした。よくわからない恐れがあった。

戻りたくなかった。ずっと、自分を広げて行きたかった。なんでかその思いがとても強かったので、色々な場所へ行ったし、色々な場所に住んだ。

そうして私の世界は広がってきた。広げてきたから今、地元どころか母国からも離れて異国にいる。過去は自分を苦しめていると思ったけれど、思い返せばなかなかスイートだ。こんな時だから美化できるのかもしれない。

いつだってあの日常に戻れるのだという安心感があるからそうしてきたのだ。だけど、これからの過ごし方はきっと変わってくるだろうとも思っている。でも、やっぱり戻れるんだろうなとも思っている。

なんとなく、戻れないかもしれないし戻れるかもしれないから、昔の話をしようと思った。気づいたら忘れているものだから。半径5mがいかにかけがえの無いものだったかを思い知った今、大事なことは、少しスイートに味付けして時々取り出しては美味しく味見をできるようにしておいてもいいかもしれない。


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