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漫画好きを唸らせる。生粋のストーリーテラーが描く「別れ」の短編集。

出会いは偶然だった。いつもの書店をうろつく中、直前に読んでいた「なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか/嶋浩一郎」で、5m隣の書棚に行ったことがあるかと問いかけられたことを思い出す。

「確かに、少女漫画棚ってちゃんと見たことないな」

今だから思う。あの時の俺、ナイスだ。
たった5m隣で名作と出会えたのだから。

あらすじ 式の前日/穂積

表題作「式の前日」は、「明日結婚する」から始まる、結婚式前日の男女の物語。暖かい縁側のシーンから短編は始まる。結婚式の前日には、翌日を心配しながらも、空元気に振る舞う女性と、のんびり構える男の姿があった。名前を呼び合わなくとも、会話が続く、2人だけの生家。若くして両親を亡くした女にとって、決して実家での生活は楽しいだけのものではなかった。男にとってもそれは、同様で……。結婚前の希望と不安が表現された作品。

別れる。それでも人生は続く。

「式の前日」を筆頭に6本が収録された短編集。全てが名作という、手許にあることが誇らしい一冊。特に表題作「式の前日」は、たった16ページに結婚のもつアンビバレントな情動を見事に表現した名作だ。

「ふたりきり」の場面に着目して描かれた、収録作品に共通するテーマは「訣別」であると思う。永遠の別れではない。それでも決定的に関係が変わってしまう、そんな決別が、ぞくりとするラストとともに表現される。月刊flower担当編集の戸叶研人さんは、インタビューで穂積さんの作品の魅力を「別れ」の描き方としている。別れの多い季節に読むと、目頭が熱くなることは折り紙付きだ。

「キュンキュンする少女漫画」でありながら、どの作品にもトリックがある。正直、語りすぎるとこの作品集の魅力を半減してしまう、レビュアー泣かせの短編集なのだ。

穂積さんは生粋のストーリーテラーである。絵と文字から構成される漫画において、ストーリーは文字だけで語られるものではない。絵にも妥協しない、持てる全てで語りかけてくる。努力を否定する表現は好まないが、これを読んで作者の才能を否定するものはいないだろう。

「とても幸せなはず……だけれど、ぼんやりとした不安がある」そんなあなたに読んでほしい、至宝の短編集。ご一読あれ。そして、読んだ方はぜひ筆者と語ろう。いや、語らせてください。ここまで読んでくれた方の”トリガー”になる漫画を紹介できていれば本望である。


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