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ステナイデネ

 お引越しを間近に控え、私はダラダラと家の片付けをしている。
 そこここに転がる思い出に心とらわれながらも、もう要らない品々を整理する毎日だ。
 部屋の不用品を大々的に処分するにあたり、どうしても捨てられない物がある。

 宝塚歌劇団で、ちょっとした催し物の幹事を経験した時のこと。
 その催し物のテーマを決める際、勢いで提案してしまった。
「お化け屋敷やろう。」
 公演の内容にも季節にもおよそ関係のないテーマにもかかわらず、何故だか分からないが仲間は賛成し、本当にお化け屋敷をやることになった。
 自分が言い出したからには率先して行動しなくてはと、珍しくやる気に満ち溢れた私は、準備に心血を注いだ。

和室が、開かずの間になった。

 公演を終え、家に帰ってからが制作の時間であった。
 小道具さんに教えてもらった方法で人型を作ったり、黒いカラースプレーを何本も空にしたり、赤い塗料を含ませた絵筆を振るったり。
 深夜に、延々と続く赤子の泣き声の音源を編集した時は、さすがに限界を感じた。
 自分の精神状態の、ではなく眠気の限界である。
 実際に赤子の霊が耳許で泣き喚いていても気付かなかっただろう。
 カツラを縫い付け血糊の付いた服を着せると、人型くんたちは存在感を放つ名役者に仕上がった。
 極めて陰気な制作物は増え続け、それらを一堂に集めて保管した自宅の和室は、プレお化け屋敷と化した。
 和室の戸を開けると、家主(早花)も後ずさりするほどド迫力の室内。
 腰を抜かしかけ、ああ、私が作ったんだ! と気付く。
 もう誰も、私を止めることは出来なかった。

 睡眠時間を削りに削り(舞台はちゃんとつとめてました。)、その結果、お化け屋敷はなんとか開催された。
 阿鼻叫喚、失笑と興奮の坩堝であった当日のことは、まあ、いい。

青春の残骸

 あれから六年ほど経った今。私の家には、その時に作った装飾用の段ボールがまだ保管されている。
 段ボール箱を解体して黒く塗り、その上から赤い文字や赤い手形でデコレーションした物である。
 気味の悪い写真や和紙などの素材をコラージュして工夫を凝らした、お気に入りの作品だ。
 畳まれて部屋の隅にしまい込まれているこの段ボールたちを捨てられないのは、青春の思い出と別れがたいなどというセンチメンタルな理由ではない。

 怖いのだ。
 見るのも怖い、触るのも怖い。
 自分で作った物なのに。

 それならば一刻も早く捨てるべきだが、何せもう捨てるのも怖い。
 だって、どうする? 捨てた翌朝、ベッドの上に戻って来てたら。
 考えただけで気絶ものである。
 朝、目覚めた瞬間に気絶した場合、次に目覚めるタイミングがつかめない。
 もう、どうしたらいいか分からない。
 追い詰められた挙句に一人で笑ってしまいそうで、そんな自分も恐ろしい。
 私は、頭を抱えた。

決別の日まで

 不用品とはいえ己の力作、失われた睡眠時間の結晶である。
 この期に及んで、出来れば多くの人に見てもらい、怖がってもらいたいという自分勝手な野望もあった。
 ゴミステーションに、燦然と輝くように捨ててみたい。
 ゴミ収集日の爽やかな朝、ゴミを捨てに来る近隣の方々をビックリさせ、楽しませたいのだ。
 この計画は、しかし、もう本当にご近所迷惑なので思いとどまった。
 下手すれば、引越し予定日よりも早めの退去を余儀なくされる。
 人生何事も経験が大事とはよく言うけれど、ホラー段ボールを抱えて路頭に迷うなど絶対に経験するべきではない。
 私は再び頭を抱え、苦悩の末に思い付いた。

 お引越しの当日、部屋に置いていくのはどうだろう。
 全てが運び出された無人の部屋に、燦然と輝くように残して去りゆくのだ。
 管理会社の方、ごめんなさい。
 何の罪もない方々が無駄なトラウマを負わないよう、祈ることしか出来ない。


 このように、立つ鳥 跡を思いきり濁すことにならないためには、何が何でも処分するしかない。
 置き去りにしたって、この段ボールが「ホンモノ」なら引越し先にだって付いてくるだろうし。
 そうなれば結局、起床と同時に失神コースだ。
 一向に片付かない家の中で座り込み、私はついに最後の手段を思い付いた。

 物好きで優しいひとにプレゼントしよう。
 特に、おうち時間の過ごし方やインテリアの充実が注目されている今こそ、役に立つ作品ではないか。
 「コレ、魔除けにもなるんでー」とか言って、無理やり他人に押し付ける作戦である。
 いざ手放すとなると、少しだけ寂しい。
 いつかまた、お化け屋敷をやりたいな。
 全く懲りていない私は頭を抱えていたことなどすっかり忘れ、ホラー段ボールたちを里子に出すべく気の利いたキャッチコピーを考え始めた。

『ステキなお部屋が見るも無惨!!
 クオリティーの低い、お化け屋敷をお楽しみください。
(多分、魔除けになります。)』

 

 どなたか、いりませんか??


読んでくださり、本当に有難うございました。 あなたとの、この出会いを大切に思います。 これからも宜しくお願いします!