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黎明期のPCゲーム開発記 (10)〜turboR !?〜

Takashi Makimoto

前回の「第9回」は、PC-88 から MSX への移植に伴う苦労のお話でした。
今回は、雑誌との関わりと新機種への対応のお話です。

MSX-FAN

かなり早い段階から、MSX への移植を熱望されていた雑誌として「MSX-FAN (徳間書店)」があったようですね。この連載を最初の方からお読みいただいている方はお分かりだと思いますが、私は主に PC-88 ユーザだったので、MSX への移植の話が盛り上がっていることは知りませんでした (偶然にも、新幹線構内の書店で知ることになるのですが)。開発が決まってからは、毎月 MSX-FAN が発売されるたびに購入していました。もちろん「読者として」ではなく、開発に携わっている一人として。

当時私は「大阪開発室」で作業をしていて、グラフィック等の作業は名古屋にある「本社」の社員さんが作業されていました。ブラザー工業さんや雑誌等の取材等の全ては本社で担当されていたので、私自身は対外的に何かを対応するということはありませんでした。なので、対外的にどんな話をされたのかは「実物(の雑誌)」を読んで、「へぇ〜そうなんだ〜」などと言いながら読んでいたことを覚えています。

それともう1つ覚えているのは、とにかく「画面を見たい」「いつ頃動く画面が見せれるか?」という問い合わせです。今となっては当然の催促だとは思いますが、いかんせん "はじめてのプロジェクト" なので、スケジュールは組んだものの、それが達成できるのかは全く見えてなかったので、「こっちの気も知らないで・・・」なんて思っていたんでしょうね。

ただ、こうして雑誌に取り上げてもらえるようなプロジェクトに関わっているんだ、こうしてリリースされるのを待ち望んでいる人たちがいるんだ、という事を知ることが出来るのも「雑誌」でしたので、それは私のモチベーションになったことは言うまでもありません。

ティールハイト

時系列的には前後するかもしれませんが・・・ある時、本社から新しい名刺が送られてきました。入社した時には「ファルコン株式会社」の名刺は作ってもらっていましたが、社名のところには別の名前が書かれていました。

THIERHEIT (?ドイツ語?)

大阪開発室にいた部長さんの話によると、今後ファルコン株式会社がゲームをリリースする際に使う「ブランド名」とのことでした。

元々そんなに名刺を使う機会はありませんでした。なので実は、私はこの名前に思い入れがなかったりします。しかし対外的には「開発元 : ティールハイト」となっているので、当時の雑誌の読者であったり、MSX ユーザーはこちらの名前のほうが馴染みが強かったりするのでしょうね。私は・・・?

turboR !?

前回に紹介したジレンマのおかげで、かなり割り切った形で仕様を構成できたので、私としては

「あとは、ガリガリ組んでくだけだ!」

と思っていました。元々の PC-88 版もそうだったのですが、プログラム自体が比較的「ハードウェアを制御する部分」と「ゲームを制御する部分」に分けられていたため、ハードウェアに依存する部分を組んでしまえば、後はゴールに向かっていくだけだと。

最初に「消えた王様の杖」のシナリオが動くことを目指して、コードを書き進めていました。ハード依存の部分は比較的短期間で移植できたので、「消えた王様の杖」は割と早い段階でプレイすることが出来ていました。もちろんこれが動くまでは、何度も何度もプレイすることになったので、今でも「消えた王様の杖」の出発するときの曲が YouTube などで流れると、ちょっと感慨深い気持ちに(今でも)なります。

開発も後半に差し掛かった頃、本社から "こんな" お願いされました。

MSX turboR に対応して欲しい

何度も書きますが、私は MSX には疎かったので、「turboR って何?」って思ってました。説明を聞くうちに、何やら豪華な CPU (R800 : 16bit なの?未だに分かってない) が搭載されていて、Z80 のコードがそのまま動くという・・・これに対応してほしいという依頼でした。

本来であれば、「え〜!そんなの聞いてない!」ってなるところなのでしょうが、実は私はそうならなかったことを覚えています。なぜなら、移植を始める時点で「MSX へのオリジナリティは捨てる」という判断をしていたからです。

更に説明を聞くと、R800 CPU が搭載されているかの確認がプログラム上で出来るということだったので、「じゃあ最初にチェックして、切り替えるだけにする」と割り切った記憶があります。

間違ってるかもしれませんが、
確か、起動時に R800 CPU が搭載されているかをチェックして、搭載されていなければそのまま起動、搭載されていれば R800 モードに切り替えて、何かをリセットしたような記憶があるのですが・・・はっきり覚えていません。

あのバグ・・・

MSX版ソーサリアンの代名詞となってしまった「バグ」。あれは、移植時の完全な見落としでした。私の中でも消したい過去なのか、実は何がどうなって、どのように対処したのか、記憶がスッポリ抜けてしまっているんです。ただリリース後、ブラザー工業さんが、ユーザーさんへフロッピーディスクを送付するという対応を行って頂いたのは覚えています。

その節は、ユーザーの皆さまには大変ご迷惑をおかけしました。この場を借りて改めてお詫び申し上げます。

どんなバグだったのかご存じない方は、YouTube とかを探せば、きっとその場面の動画があるのではないでしょうか・・・私は直視できないので。

そしてリリースへ

時系列は前後しましたが、こうして MSX版ソーサリアンは、いくつもの試練と、いくつもの偶然と、そしてに私にとっては運命的な出会いによって開発が進められて行きました。

これもひとえに、MSX ユーザーの皆さんの熱い思いに支えられてのものと感謝しています。

次回は、追加シナリオ以降のお話が出来ればと考えていますので、もうしばらくお付き合いいただければと思います。


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Takashi Makimoto
有限会社ビーハイブ・デベロップメント代表取締役。1990年代はゲームプログラムを書いてました。今ものんびりと、仕事としてのコードを書いています。