何故いま女はお菓子を焼き、花を愛でるのか
コロナの自粛期間中、女はお菓子を焼き花を愛で始めた。その女の一人である私も、10年ぶりにお菓子を焼き始めていた。
女に限らず、男も同じ。SNSで絵を書いたり楽器を演奏して歌ったり、普段見ることのなかった姿を目にする。
単なる暇つぶしなのか、お家の中でしかリア充できなくなったからなのか。理由はそれぞれだと思うが、私は幼い頃の感覚に少しずつ戻っているのではないかと思う。自分の思うがままにしたいことをしてきたあの頃に。
絵が上手じゃなくても自分の好きなように書いていたあの頃、綺麗な泥ダンゴを作ることに一日費やしたあの日、家の庭で育てたトマトやキュウリを食べた時の喜び。いろんな感覚を今思い出す。
私はいつから’’何か創造する’’という行為から離れてしまったのだろう。
先日読んでいた本にこんな一説があった。
「でもみんなやってたんだよ、ほんとは。ちっちゃい頃を考えてみたら、踊って、絵描いてってことずっとやってたはずでしょ。ところがみんな少しずつやらなくなる。やらなくなるっていうよりも、いつの間にかできなくさせられていく。それが僕は気になってしょうがない。社会ができなくさせる、っていうことだよね。一貫性がない行動をしていたらおかしい人って言われるでしょ」(出典元 坂口恭平/「まとまらない人」より)
人は大きくなる過程で、何か一つのことに集中する美徳を教えられたり、将来金銭的価値を生まないものから少しずつ離れるようになる。
人から認められることしか、丸を貰えることしかしちゃいけない空気が漂いすぎて、なんとなく辞めてしまう。
だけど本来はもっと好きなことなんでもしていいはずだ。上手じゃなくてもお金なんか貰えなくても一貫性がなくても、もっともっと思うがままに。豊かな人生を送るために、好きなことをして過ごす時間が本当はもっと必要だ。
今の過ごし方が徐々に失われるであろう未来に、今得た感覚を忘れないよう、心に残しておきたい。
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【今回の選書】
私は好奇心があってなんでも思いつきで挑戦する長所と、一つのことを深く極めることのできない短所がある。一つのことを極めたいけど何を極めようかと悩んでいた時に手に取った本。一つのことにこだわらない独自の生き方と、本来人が持っていたはずの感覚を取り戻すことを思い出させてくれる。
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