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「私は 見た」

ワシ ホントに いや…ねん

色白のタケハラが顔を歪めて漏らした
その言葉をはっきり覚えている
40年以上も前 高校の体育の授業
体育といっても バレー バスケット ソフト サッカー ラグビーといった球技を順繰りに年がら年中やっていただけのように記憶している
体育館で男子生徒がバレーボールを追いかけているとき
お稚児さんのような容貌をした
タケハラは
禿げ上がった頭をしたヒヒのような体育教師に
いつも羽交い絞めにされていた

わっわっ やめて やめてくれぇ~
確かにタケハラは体育館の隅でそういう声を上げていた 試合をしている僕らの目には入らない 声も聞こえるほどではなかった…ような気がする

だれも タケハラと羽交い絞めにする体育教師の間に割って入って止めるようなものはいなかった

あれは高2のころだったろうか

勉強も スポーツも 悪さも 中途半端な連中が集まる高校だった
体育だろうが 受験に必要な科目だろうが
授業も 部活も 何もかもが弛緩したような空気
僕も含めたほとんどの生徒がその中に漂っていたような

何かひとつ高校時代の思い出を 呼びおこそうとしても
はっきりしたものが思い浮かばない
その中で
色白のお稚児さんルックの
タケハラが ヒヒ面した体育教師に羽交い絞めにされ 嫌がっていた――
その記憶ははっきり立ち上がる

ワシ ホントに いや…ねん

助けを求めたであろう その声に誰も耳を貸さなかった


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