「闇に花」
両手を宙に漂わせ
壁伝いにそろりそろりと身を動かす老女
老女 老女 老女
いや
母か 老母 老母 老母
緑内障が進み 母は部屋が明るくても 物が見えないことがあった
家の中でも 手探りするように移動していた
その母 目の前に一輪の花を差し出したら
花 花や 花やね わかる それくらい
と
つぶやいた
明るくても見えない花
暗くても見える花
老母は 気で花を見たのか
今 僕の前にある花
どんな花を咲かせるのか
花びんに活けた 切り花
母の遺影の前の 花びんの中の花
生き生きとしているのは ほんの数日
水を換えたところで七日ももたぬ
しおれた一輪の花を手に
ぶらりと下げ
闇の中で 母は壁伝いに移動する
どこへ行きたいのか
聞いたところで
声はないだろう
青筋の目立つ しわくちゃの白い手
そして
しおれた花だけが
見える
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