アウトドアと私
高校生の頃、山岳部に入りたかった。
「入りたかった」…ということは、つまるところ、その願いは叶わなかったのだが、最近になって、そのことを思い出した。あの頃から、アウトドア好きの種は、あったんだなあと。
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高校1年生。
中学校の頃にやっていた卓球を引き続きやろうと、卓球部に入部したものの、自分が進学した高校の卓球部は、県内でも強豪と呼ばれる部活動。
その練習の厳しさと、「そこまで卓球が好きなわけではない」という本心に気付き、入部して数か月で辞めてしまった。
暇を持て余していたある日、山岳部の顧問の先生(英語の先生だったな…)が、授業中にふと山岳部の紹介をし始め、そのときに、なぜだか妙に惹かれたのを覚えている。
『山岳部に入ろうかな…』
そう思い、親に言ったものの、「山なんて危ないから、やめれ」と、あっさり一蹴された。
親の言うことなんて真に受けなくていいと今なら思えるけど、当時の自分はそこまでの行動力もなく、その言葉に、あっさりと引き下がってしまった。
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大学1年生。
ギターサークルの夏合宿に訪れた「尾瀬」。
尾瀬の森林、野原の心地よさを全身で感じながら、一歩一歩あゆんでいくハイキングは本当に心地よかった。
その頃にはもう、かつて山岳部に入りたかったなんて全く覚えていなかった。
でも、”自然”や”アウトドア”というフィールドに憧れたのは、このときが初めてだったように思う。
『山に行きたい』
その夏合宿から半年後、春休みを迎えていた自分は、どこか近場でもいいから日帰りの旅をしたいと思い、JRの「春の見どころキャンペーン」と書かれたパンフレットを手に取った。
ー鋸山。
パンフレットの1節に、その文字を見つけた。そうして、千葉県富津市の「金谷」にある鋸山(のこぎりやま)に出掛けることになる。
それから7年後。まさかその「金谷」のまちに自分が住むことになろうとは・・・
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社会人3年目。
その頃には、給料で貯めたお金で、基本的な山道具一式を自分で買い揃え、趣味としてトレッキングを始めるようになっていた。
そんな折、大人向け自然体験の企画をしている会社を偶然見つけ、登山付きの2泊3日のキャンププログラムに参加し、キャンプも始めることになる。
そのときのキャンプがきっかけで、人生を変える出逢いをすることになる。金谷に来るきっかけとなった人にも、そのキャンプの時に出逢った。
キャンプを始めてからは、焚き火の楽しさを少しずつ知り、今ではタキビスト(焚き火スト)と名乗るようにまでなった。
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「そこに山があるから」
山に登る理由を聞かれて、登山家のジョージ・マロリーが、そう答えたということで有名だ。
山に登る人なら思い当たる節があるだろうが、山に登る理由を聞かれて、その魅力は語れども、その理由を言葉で説明するのは案外難しい。
自分は、”山”をきっかけに、アウトドアへの一歩を踏み出した。鋸山という低山から、より高く、より難しい山へと少しずつチャレンジしていった。
筑波山、高尾山、陣馬山、御岳山、大山、日向山、富士山、天上山、八ヶ岳、常念岳、農鳥岳、瑞牆山・・・その他にも、たくさん。
それでも、まだまだ登りたいと思う。
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アウトドアは、自分のルーツだ。
20代最後の年になって、そのことにようやく気が付いた。振り返ると、自分の十八番も、人生を変える転機も、大切な人たちの出逢いも、そのほとんどがアウトドアを通して得られてきたものだ。
ーアウトドアは、ときに人生を変えるかもしれない。
心のどこかで、全力でそう信じている自分がいる。
まあ、「人生を変える」なんて、大げさかもしれない。
だけど、”自然”に関わる要素が1%でも増えたら、その人の暮らしは豊かになるんじゃないかって。
アウトドアの魅力に、その世界に、もっとどっぷりと浸かっていきたい。
20代がまもなく終わり、30代を迎える直前の今になって、強くそう思う。
「高校の頃、山岳部に入っておけばよかった」と、頭をよぎらないわけではないが、今からでもきっと遅くないし、むしろ遅くたって、もはや自分の中の衝動は止められない。
いつか自分の理想とする「アウトドアのある暮らし」へ。
その探究の旅へと、30代は出かけよう。
さて、次はどんな景色を観に行こうかー
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