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証拠説明書の書き方~その8~【自己申告勤怠管理表テンプレート付き】

今回のnoteがタイムカードについてのラストの解説です。

まず、おさらいから。第36回noteで述べたように、「使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を三年間保存しなければならない」と労働基準法第109条に定められています。タイムカードなど勤怠記録は「労働関係に関する重要な書類」に相当します。また、労働安全衛生法の改正(「第66条の8の3」の追加)では、雇主には、従業員の労働時間の客観的な把握が義務付けられています。

つまり、原則的には、会社にはタイムカードなどの勤怠記録が存在するはず。ですので、申立人(原告)は、それを会社から入手さえすれば、労働審判ないし民事訴訟において、会社へ未払い残業代を請求するための書証として使用することができるのです。

しかし、そのタイムカードの入手について二つの懸念が出てきます。一つは、会社がタイムカードなど勤怠記録を開示しないという可能性。もう一つは、タイムカードなど勤怠記録がそもそも存在すらしないというおそれです。

前者については、その対処方法を第38回noteで解説したところですが、一つ付け加えるなら、タイムカードは存在はするものの、会社がそれを意図的に隠す、破棄する、改ざんするおそれがあるような場合どうするか。これはタイムカードだけでなく、会社が持つその他の証拠書類についても同様の懸念があるでしょう。いくら文書提出命令申立てを裁判所が認めても、またいくら書面の中で「開示を強く求める!」と申立人(原告)が主張しても、会社は故意に隠す・破棄する・改ざんするおそれがあるほど悪質なわけですから、そんな中で入手したタイムカードは申立人(原告)が想定していたものとは相当にかけ離れ、書証としての役割を全く果たさないかもしれません。

このような場合の対処方法が証拠保全の申立てです。証拠保全とは、裁判所への申立てによって会社に証拠を開示させるための制度。民事訴訟での証拠調べのタイミングまで待っていると、その証拠を使用することが困難となる場合(⇒ 故意に隠す・破棄する・改ざんする・・のですから)、あらかじめ証拠調べをして、その結果を保全しておくための手続きです。民事訴訟法234条などに定められています。

証拠保全の典型例は医療過誤事件でしょう。申立てが認められれば(訴訟提起前に)医療過誤が疑われる病院に行って、開示命令が出されれば原告(=証拠保全の申立人)と被告(=証拠保全の相手方)の立ち合いの下でカルテなどの内容を記録化するといったものです。

同様のプロセスが、未払い残業代請求でのタイムカードなどに適用し得るわけです。会社が開示命令に従わない場合には過料が科され裁判でも不利になるので、少し大袈裟なことにはなりますが、証拠保全を申立てればタイムカードは入手できる可能性が高いと思います。しかし、ここまでしないとタイムカードが開示されないとなると相当に悪質なケースでしょうし、他にいろいろご苦労もあるかもしれません。なお、「保全事件の申立て」は、この証拠保全とは別物となります。

もっとも、さらに問題なのはもう一つの懸念「タイムカードなどの勤怠記録がそもそも存在すらしない」ということです。この場合、次のようなタイムカードに代わる証拠を準備してください。

■ 日報や業務報告書の電子メール送信記録
■ パソコンのログイン・ログアウト記録
■ 電子メールやメッセンジャーアプリでの送受信記録
■ IDカードによる入退室記録
■ オフィスに設置された防犯カメラの映像記録
■ 同僚の陳述書(別途解説予定です)
■スイカやパスモなどの乗車記録

これらの書類を(可能なら複数組み合わせで)タイムカードに代わる書証として提示できればよいでしょう。ただし、やはり会社のみが持っている書類であったり、会社に勤務している同僚が会社の不利益になるような陳述書を果たして書いてくれるのか全く不確かであったりと、タイムカードが存在しないということはどうしても申立人(原告)に不利になると言わざるを得ません。

では、申立人(原告)自身が作成していた自己申告の勤怠記録は証拠として使えるのでしょうか。手書きメモやエクセルなど表計算ソフトを使って、従業員自ら自分の勤怠を管理していたケースです。他にも、私の知人のケースですが、出勤・退勤時エレベータを使う際そのエレベータに表示された時刻を知人自身の姿がいっしょに写るようにスマホのカメラで撮影する・・・といった涙ぐましい努力(?)もあります。

いざ労働審判や民事訴訟になったら、これら自己申告データは客観的な証拠として認めてもらえるのか。”スマホカメラの撮影”には客観性は何となくありそうですが、従業員自身が作成した手書きメモや表計算データはその気になれば残業代を水増し請求する意図をもって後付けで作成、いわば捏造することもできるはず。さほど証拠能力が高いとも思えません。

しかし、手書きメモや自己申告であっても、その内容が詳細なもので、例えば日報や業務報告、電子メールの送受信記録など他の客観的証拠と整合性があって矛盾しないような場合には、その手書きメモなどによって勤務時間の一応の立証がなされる場合もあるようです。特に、相手方(被告)の会社が「自己申告の手書きメモなどは信用することができない」と反証できなければ、一応の立証がなされた勤務時間に基づいて残業時間・残業代が算出される可能性が高くなります(そもそも、タイムカードも存在しないような会社に効果的な反証ができるとも思いませんが・・)。

参考までに、皆さまが自己申告で勤怠管理できるようにエクセルのテンプレートを添付しておきます。もしよければ、必要に応じてフォーマットなどを変更してご活用ください。

ちなみに、手書きしたメモが証拠として信用できるということを、証人尋問(後のnoteにて解説予定)での証人の陳述を通して裏付けるという手法もケースバイケースで可能かもしれません。

ところで、「・・時間外労働をしていた事実自体は認められる。そして、もともと従業員の勤務時間を管理すべき責任は使用者にあり、使用者がタイムカードによってこれを果たしていればこのような問題は生じなかった。(・中略・)その責任をすべて従業員に帰する結果とするのは相当でないというべきである。このような事例においては、やや場合を異にするが、民訴法248条(損害額の認定)の精神に鑑み、割合的に時間外手当を認容することも許されるものと解する。本件においては、(・中略・)請求の時間外手当の額の6割を認容するのを相当と解する。・・」とする判例(東京地判平成20.5.27)があります。

つまり、原告による残業時間の立証が不十分であっても、被告の会社が労働時間を管理する義務を果たしていないために争いが生じたのであるから、民訴法第248条の精神に基づいて請求額の6割を認めるというものです。

民事訴訟法第248条には、「損害が生じたことが認められる場合において、損害の性質上その額を立証することが極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる。」と規定されています。

以上、これまで最強の証拠3点セットのうち雇用契約書とタイムカードについて解説してきました。次回からは、3点のうち残りの一つ「給与支給明細書」について述べていきます。どうかお楽しみに!

街中利公

本noteは、『実録 落ちこぼれビジネスマンのしろうと労働裁判 労働審判編: 訴訟は自分でできる』(街中利公 著、Kindle版、2018年10月)にそって執筆するものです。

免責事項: noteの内容は、私の実体験や実体験からの知識や個人的見解を読者の皆さまが本人訴訟を提起する際に役立つように提供させていただくものです。内容には誤りがないように注意を払っていますが、法律の専門家ではない私の実体験にもとづく限り、誤った情報は一切含まれていない、私の知識はすべて正しい、私の見解はすべて適切である、とまでは言い切ることができません。ゆえに、本noteで知り得た情報を使用した方がいかなる損害を被ったとしても、私には一切の責任はなく、その責任は使用者にあるものとさせていただきます。ご了承願います。



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