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闘い

(平成四年七月)

 おじいさんの買物は、もっぱらドリンク剤のカートンである。この日もそれを買いに来た。しかし、どうもそれは単なる口実であって、実際には数時間前に彼が目撃した貴重な場面をわたしに、その感動の薄れないうちに伝えたかったからに違いない。この日に限らず、何かことあるごとに買物を口実にわたしに話を聞かせてきた。 孫の話題であったり、稲刈りの話であったり する。

 彼は自分でドリンク剤をレジの台に置くとすぐにこう切りだした。
「いやぁ、生れて初めてで最後というものを見たでや」
わたしが何のことか理解できずにいると、もう一度同じように言う。
「なんだったのですか?それは」とわたしが聞くと、
「鷹と青大将の一 騎打ちっていうヤツだわな」と答えた。
農道と舗装された県道のちょうど境目あたりであったらしい。上空からてごろな食事だと思って舞い降りた鷹が思ったより手ごわい相手であった青大将は、一メートルにも満たない子供の蛇であったという。鷹は成鳥で、その羽のつけ根のところを蛇に締めつけられていて、翼があさってのほうを向いていたとおじいさんは自分が鷹になったような格好をしてみせた。蛇はからだの半分より下で鷹をしっかりと巻き、上半身は常に鷹の攻撃にたいして油断なく身構えていたそうである。
 この一騎打ちの目撃者はおじいさんのほかにもうひとり先に通りかかったどこかの若い男の人がいたということであった。車を止め運転席から見ていたのが、後ろから来たおじいさんを制して「あれを見ろ」と指したという。おじいさんも車を止めて約三十分このようすを身じろぎもしないで見ていた。
「まあ、それはほんとにめったに見られないものを見ましたね。 カメラでもあればねぇ」 とわたしが言うと、
「んだよ、軽のほうならいつでもカメラ積んでたんだっけが、トラックだったかんな」と残念そうに言 った。
 おじいさんはこの日、どこかのカップルの仲人を頼まれて上首尾でまとめたらしいが、こういう珍しい場面を見る機会に恵まれたこととして受けとり、順序は逆ではあるが話がうまくいったのはこういうものを見られた証のように思っている。
 わたしは自分の目ではそんなところは見たことはないが、テレビの映像を通してならば見たことはある。自然界ではごくあたりまえのできごとで、互いに命を賭けて闘うことは珍しいことではない。ただすぐそばに人間がいてもそんなことにはまったく頓着しないで闘っているということは少し珍しいかも知れない。青大将は毒はもっていないから、ただ締めつけだけで相手を倒さなくてはならない。蛇も子供とはいえ必死の思いでおとなの鷹を相手にしたのである。おそらく締めつけで鷹のほうはからだの血液の流れを止められて、羽を動かすこともできずこの試合は勝負があった。致命的な傷になったかどうかはわからないが、鷹の負けが見えたところでおじいさんは帰って来た。

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