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#40 超個人的ショートショート(6)

我々捜索隊がこのジャングルに潜入して15日目。
未だに目的である『扉』は見つからない。
人類を救うとも噂される妙薬、『扉』。
正式名称は定かではないが、万病に効くということで、現在、世界各国が血眼になって実物を探している幻の植物だ。
古の書物によると『扉』はごく限られた自然環境でのみ生育し、しかも種子から花を咲かせるまでに数年の時間を要することから、その真の姿をはっきり見たものは数えるほどしかいないと記されている。
私に課せられた任務はその『扉』を発見し、本国へ持ち帰ること。
それから種子を手に入れ、苗を育て、量産体制を築くことで、世界を制することが可能になると我が国王はお考えだ。
今回の捜索隊長である私に課せられた責務は決して軽くない。
出国直前、国王直々に「国家の浮沈がかかっている」とのお言葉を賜ったのだ。
万に一つの失敗も許されない。

先ずは衛星写真と世界中の気象データを基にして、『扉』が生息可能であろうエリアを絞り込んだ。
それは正にこれまで人類が足を踏み込んだことのないであろうジャングルの奥地。
そんな鬱蒼たる未開の地を踏みしめるように前進していく。
これは大変名誉なことだ。
我々の一歩が国の繁栄につながるのだから。
道中、何度武者震いしたか分からない。

しかしここへ来てなかなか思うように事が進まない。
色々とポイントを変更しているが、めぼしい成果が得られないのだ。
計画ではとっくに『扉』を発見しているはずなのだが。
そして追い打ちをかけるように、連日の茹だるような陽光と粘りつくような湿度が、我々の体力を容赦なく奪っていく。
食料や水もほとんど底をついた。
蚊が媒介する伝染病の危険もある。
そして何よりも私が懸念しているのは、隊員たちの士気の低下だ。
正直、私はあの者たちのことが嫌いだった。
特別な訓練を受けたものは元々少なく、所詮は高額な手当を目的に群がってきた寄せ集め。
学はなく、国王に対する忠誠心も低く、本国なら最低ランクのヒエラルキーに属する連中だ。
故に体力のあるうちは威勢が良いが、いざ状況が悪くなると途端に殺気立ってくる。
ここ数日は下らない理由で小競り合いが頻発している。
どうしてあんな連中と仕事をしなければならないのか。
私の心に粘り気のある澱が少しずつ溜まっていく。

そんなある日、事件が起こった。
ある隊員の溺死体が発見されたのだ。
近くにいた隊員の証言によると、普通に泳いでいたところを突然溺れたのだそうだ。
要するに「不幸な事故」だったと。
しかし正直疑わしい。
引き上げた遺体を検分すると、そこには殴られたり、ナイフで切られたような傷が無数確認できたからだ。
当然、私は居合わせた隊員たちを叱責した。
しかしその間でも連中はニヤニヤと薄気味悪い笑顔を浮かべるばかりでまともに返答しようはしなかった。
その様子に私も堪忍袋の緒が切れた。
虫けらどもが、上官である私に向かってその態度は何だ。
お前らの身分だったら、その場で銃殺されても文句は言えない所業だぞ。
私はそれまでの鬱憤を晴らすかのように、連中を罵った。
ふと見ると、それまでにやけていた連中の表情は失われ、濁った双眸でこちらを見ている。

もう限界だ。
いつまで捜索を続ければいいのだろう。
いくら自問しても答えは一つ、『扉』を見つけるまで。
それが我が国王のお望みなのだ。
しかし実際の姿は古書の挿絵のみ、写真でさえ見たことのない代物をどうやって見つけろというのか。
正直、自信がない。
というよりは、そんなものはないんじゃないかと思い始めている。
いやいや、何を考えているんだ。
私は脳裏に浮かびかけていた想いを必死に打ち消す。
とにかく、我が国王がお望みなのだ。
何としても『扉』を手に入れなくてはならない。
明日こそはせめて手がかりぐらい見つけなくては
そう思ったとき、私の後頭部に鈍い痛みが走った。
大きな石で思い切り殴られたような感触だった。
途端に頭部からは夥しい量の鮮血が流れ、それが目に入り、どんどん視界が赤く染まる。
バランスを崩し、私はその場に倒れた。
それを合図に全身のあらゆる箇所が間断なく殴打された。
被さるように聞こえてくる連中の嘲笑。
私はここで死ぬのか。
少しずつ遠のく意識の中で私は思った。

我が国王、ご期待に応えられず申し訳ありません。
これらが国王が下されたご審判なのですね。
当然です。
国王の命令に背くということは、「死」を意味するのですから。


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