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人生は、何かを失って、何かを得ていくものなんだろう

昨日は、中学時代の友達数人と約10年ー15年ぶりにランチをした。

なんだか、とても懐かしい。タイムスリップしたようだ。皆、顔やスタイルも大人っぽくなり、メイクの感じで昔の面影が薄れてはいるが、思い出話しをすると性格や笑い方など、やっぱり面影がある。

あれから、進んだ人生も様々で、聞いていると何時間も聞き入ってしまいたいくらい、とても面白い。私の話も興味深々に聞いてくれる友人達。うん。やはり昔の仲間はいいなと思う。

しかし、ふとした話題から、封印していた私の過去を思い出してしまった。

「まち(私の名前)は、中学時代、何かに追われるように勉強してたよね?」「花火大会やお祭りにも結局一緒に行けなかったね。」と一人が言った。

そうなのだ。私は、いわゆるガリ勉だった。泣)それを悟られないように、必死に普通を装っていた(つもりだった)。でも、その「必死感」は友人にはあっさりバレていたらしい。笑)

私の親は、超がつくほどの教育ママごんであった。部屋にはカメラが普通に付けられており、勉強に飽きて、漫画などを取り出すと、決まって部屋にやってくる。クラスの友達と競ってやっていた漫画やゲームは、おこずかいを溜め込んで、こっそりと買いに行き、タンスの奥にしまってあった。そして、親の寝静まった夜中の3時頃〜5時頃に布団をかぶってコソコソとやったものだ。

また、うちの母は、友人も服も靴も自分で選ぶことも許さない人であった。なので、もちろん花火もお祭りも禁止であった。今思うと、軟禁、、いや監禁に近いかもしれない。医学を学ぶと、母は過干渉の類に入る、母も何かしらの障害があったのかもしれないと、後になって納得した。

なので、睡眠時間は、いつも3時間くらいだったように思う。中学の写真を見ると、どれもこれも中学生なのに「青グマ」が目の下にくっきり。笑)友人と写真を見ながら、「マチは、今の方が若く見えるね」と真面目な顔で言われるほどだ。

そんな完璧主義者の母が率いる我々子供達は、家の方針で、何でも1位でいなければいけなかった。今思えば、こんなルールは従う必要など無いのだけど、当時は、大人の言うことは絶対だと信じていて、何か必死に親の言う理想像にしがみつこうとしていた。

しかし、残念なことに私は凡人なので、どれもこれも簡単に1位など取れるはずもなく、どこまで努力しても壁だらけ。息苦しくて、とにかく自由に飢えていた。

友人は、私を見て、「勉強できるのいいな」と褒めてくれたこともある。でも、内心、私は、友人が羨ましくて羨ましくてたまらなかった。自由に友人と遊んだり、お祭りに行ったり、花火大会に行ったり普通の青春が欲しかった。

と、しんみり昔の戻りたくない自分にタイムスリップしてしまった。

「青春がしたい」と思っても、私は過去に戻ることもできないし、やり直すこともできない。

青春は失ったけれど、その時に苦しんだことで、物事を少し深く洞察しようとする姿勢が身についたともいえる。

皆、となりの庭は青いのだ。

皆、何かを失って、何かを得て進んでいく。全て手に入れることはできないけれど、それで得た知見や感性を後世に伝えていければ、苦しんだ甲斐があるかもしれないと自分で勝手に納得して、

友人と、「今度は皆子供や家族も連れて、花火大会に行こう!」と盛り上がって、解散した。

そんなこんなで、友人とさよならした時、過去の私にもさよならした。

「青春が無いと嘆き苦しんだ日々は、きっとこれからに生きる」

「よく、頑張ったね。ばいばい」

過去は変えられないけど、なんだかスッキリした一日だった^ ^

しかし、世の中にはもっともっと大変な辛い思いをしている人がいる。

私は、きっと恵まれている存在である。被害者意識は捨てようと誓った。
















嬉しいです^^ 美味しいコーヒーと一緒に今後の医療談義をしたいなと思います。